黒と白の未来ノートと透明ガム


『このノートに書いたことは本当になります。呪いたい相手の名前と不幸になる未来を書くと呪うことができます』

 不思議な黒いノートを手にしたみのり。表紙には未来ノートと書いてあるが、呪うことができるという言葉がどうにも不吉だ。漆黒の表紙が妙に重々しさを感じる。不気味という言葉がとてもにあうノートだった。説明の文字も墨で書いたような不気味さがあり、現代版わら人形のようだった。

 うらみを持っているみのりは、これ以上ない不信感の塊だった。誰にも頼ることはできないし、誰も信用できない。同級生なんかは永遠の友情などといいながら、その場限りの友情や競い合いでしか成立していないと感じていた。でも、一番憎いのは、交通事故に母をあわせた犯人だ。そのせいで母が死んでしまい、父と二人暮らしになってしまった。今のみのりには一番必要なノートだったのかもしれない。来るべきして来たノートだったのかもしれない。書いたくらいで幸せになれるとは思わないし、相手の運命を変えることはできないと思う。それでも、母がいない状況を考えると幸せを取り戻せなくても相手をのろうことができたら、みのりは幸せだと感じた。人を呪うことで幸せを手に入れるなんておかしな話だが、それがみのりの現実だった。大好きな母を失った苦しみは計り知れない。

 何かにとらわれたようにペンをつかんだみのりは笑みを浮かべながらノートに名前を書いた。それは、母を殺した男の名前だった。不幸の種類は、母と同じように車にひかれて死ぬにしよう。同じ苦しみを味わってもらう、これ以上にない報復だった。

 その他、同級生でいつもいじわるなことを言ってくる人や他人をけおとしてもなんとも思わない冷酷な同級生1人の名前を書いて、さりげない不幸を書いてみる。死ぬとかそういったものではなく、心霊体験をするとかテストで悪い点数をとるとか、小さな不幸だ。これくらい書いてもばちはあたらないだろうとたかをくくった。

 みのりは、その男のその後を調べるにも手段がなく途方に暮れていた。そんなとき、白い未来ノートが机の上に置かれていた。黒いノートはちゃんとひきだしにしまってあり、別のノートのようだった。白いノートを開くと『あなたが主人公です。ここに書かれているノートの内容はこれからあなた自身に起こる内容です』という文字が書かれていた。1ページ目にはすでに何者かが書いたようで、胸がざわついた。
『みのりには呪いのノートに書いた分の不幸が降りかかる。黒い未来ノートには呪えば呪うほど、自分に災いが降りかかる』

 その文章をみてみのりは震えあがった。自分がすでに2人に呪いをかけていたからだ。さらに、死という呪いまでかけてしまった。母を殺した人は死んでいるのだろうか? 簡単にかけられる呪いだからこそ、軽い気持ちで書いてしまった。実際、まだ同級生の不幸は確認していない。

 取り消せば間に合うかもしれないと急いで黒いノートを開く。しかし、ノートにシャープペンで書いたはずなのに、全く消えない。みのりは焦る。消しゴムに力を込めて消す。しかし、紙が破れそうになるだけで、どんな消しゴムも消すことができない。みのりは修正テープで消そうとしたが、どうしても消えない。紙の性質が普通のノートとは違うようだ。黒い未来ノートの一番後ろのページを開く。

 一番最後のページには、『このノートに書いた者は、自分に同じ呪いがかかっています。相手と同じ不幸が降りかかります』このノートは相手を呪うと同時に自分も呪われるという何とも恐ろしいノートだったのだ。呪いが自分に返ってくるとは知らずに呪ってしまった。
 
 すると、次のページに『困ったことがあれば黄昏時に夕陽屋に行きたいと強く願ってください。そうすれば、あなたは夕陽屋に行き、黄昏夕陽と出会うでしょう』という今のみのりには救いとなる文章がつづられていた。胸が熱くなり、みのりは強くねがい、祈る。

 すると――まわりの景色が変わり、見たことのない店の中にいた。これが夕陽屋だろうか? みのりはぐるりとあたりを見回すと図書館のようなたくさんの本が並んでいる本棚があった。秋祭りを彷彿させるお面が夕陽にあたり、黄金色に輝く。

 ふいに後ろから声をかけられた。美しい静かな声だ。振り向くと、そこには中学生くらいのきれいな少年が立っていた。にこりともしない少年は冷静でこの世の者とは思えなかった。

「今、黒い未来ノートと白いノートいう都市伝説の素を探していたんだ。どうやら君たちの世界に間違って落としてしまったらしい」
「黒い未来ノートは呪いをかけて本当に相手を不幸にするものなの?」
「そうさ。私の白い表紙の未来ノートは未来はまっさらという意味合いなんだけれど、自分で自分の未来へ希望を書くこともできるんだ」

「君の運命は決まっている。でも、俺が作ったものであなたの運命を変えてあげるよ。不幸な結末なんていやだろ。そのために日々都市伝説について研究をしているんだ」

「ありがとう」
 かろうじてみのりは感謝の言葉を伝える。

「私、たくさんの呪いをかけてしまったから、同じ呪いが自分を襲ったら呪いだらけになって、幸せな毎日を送ることができない」

「幸い、まだ呪いは発動していないみたいだ。君は救われたみたいだな」

 夕陽が白いノートを差し出した。
「この白い未来ノートに自分は不幸にならないということを書いて不幸を撃退するしかない。そして、おわびのしるしとして、呪った相手に何かしてあげること。黒いノートの呪いは簡単に消えるものではないからな。だから、ボランティアをすること」

「ボランティア?」

「ノートに不幸にならないと書くだけでは弱いから、打ち消すために透明の姿になって相手の困っていることを真心を持って助けてあげること。小さなことでもいい。達成したらここに戻るから」
「透明? 見えないと危険なことがたくさんあるよね? 私は魔法とか特別な力は使えないよ」
「この透明ガムをかんでいるときだけ、君は透明になる。何かにぶつかっても通り抜けるからケガの心配はない。そして、透明から元に戻りたいときはガムを吐き出すんだ。助けると言っても、落とした財布を拾って持ち主のかばんにいれるとかそんなことでかまわない」

 夕陽はガムを2つ渡した。それは、2人の不幸をねがったことを全て知っているからの2つなのだろう。

「これは、コピー人間から色々研究開発をすすめて、物を通り抜けられるように変えたんだ。透明なままケガをしても誰も見えないから気づかないからな。透明での接触はとっても危険なんだからな」

 それを受け取ったみのりは、まず、幸福になると白い未来ノートに書く。そして、どきどきしながら元の世界に戻った。同級生のあすみの近くでガムをかんで透明になった。本当に透明なので、誰も気づかない。鏡で確認してもうつっていない。あすみは習い事に行く様子だ。きっと進学塾だろう。あすみは勉強ができるし、親も教育熱心なイメージだった。

 塾についていくと、他の小学校の生徒ばかりだ。クラスの中心にいるはずのあすみはここではすみっこにただ存在している空気のような存在だった。意外な一面を見た。成績はあまりいいほうではなく、一番難しい中学校を受験しても落ちるだろうという成績表をもらい、ため息をついていた。このストレスから小学校ではいじめているのだろうか? その後、自宅に帰ると教育ママが説教をはじめた。何もしてあげられないみのりはただ、見ているだけだった。部屋で泣いているあすみを見て、みのりは同情する。ざまあみろと思えないところがみのりの情の深さだった。

 涙をそっとぬぐってあげた。「大丈夫だよ。がんばって」と言葉が出た。それは心からのなぐさめの気持ちだった。声だけは透明でも出るようになっていたので、あすみは驚いた。あすみはきょろきょろとあたりを見回すが、誰もいないのに声がしたことを不思議に思う。しかし、幻聴だと思ってすぐにそのことは忘れていた。
 すると、みのりは夕陽屋に戻っており、夕陽がささやく。

「今の涙をぬぐってあげたことがボランティアになったようだな。真心がこもっていると、この館に戻るシステムになっているから」
「じゃあ、もう一人呪った男性に真心が込められなければ、達成できないの?」
「いいことをすれば原則大丈夫。真心がこもっていれば、より早く黒いノートの呪いを確実に打ち消せる。呪いに対抗するのは真心。それが唯一打ち消すことができる方法さ」
「私、今でもお母さんを殺した男が憎い。だから、真心なんて持てないと思う」
「でも、黒のノートの威力が発動する前にちゃんとボランティアしないとな」
「不幸になりたくないけれど、幸福になると白いノートに書いただけではだめなの?」
「呪いの力は大きいのさ。絵の具でも、黒を混ぜるとだいたい黒くなるだろ? あれと同じで白は黒の負の力に負けてしまうってことだ」
「わかった。やってみる」

 みのりは呪った男の居場所がわからないので、夕陽に送ってもらい、男の私生活をのぞく。そこで、ガムをかんで透明になり、様子を見守る。男は30代の会社員だったが、事故があって転職していた。一流企業だった記憶だが、全く違う福祉の仕事をしていた。老人ホームの介護士をしているようだった。

 元々悪そうな人ではなかったけれど、あの男のことを毛嫌いしていたので、本当の男の姿を今まで見ないようにしていた。見たくもなかったからだ。人の命を奪ったとしても、わざとではないので、刑務所に入ることなく社会にいることがイラついていたのだが、よく見ていると、男の笑顔は優しい。そして、一生懸命仕事をこなしていた。高齢者に優しく力仕事も難なくこなす。嫌な顔はひとつもしない。まるでそのことで罪を償おうとしているかのように、休憩をとる様子はなかった。認知症の高齢者に対しても一生懸命対応する。職員の鏡のような仕事ぶりだった。でも、良い人だなんて認めたくないみのりはそのまま仕事のあとの男の様子を探る。プライベートでは別人のように適当な生活を送っているのかもしれない。

 男は、食材を購入するためにスーパーに向かう。激安がウリのスーパーで、見切り品コーナーに向かう。そこで野菜と果物を手に取り、かごに入れた。その他に、豆腐や納豆などを購入するが、必要最低限のものだけだった。アパートの一室が男の自宅のようだ。古びたアパートで、男は自炊をする。そして、たった一人で夕食を食べ、そのあと、近所の公園のまわりでジョギングをして風呂に入る。毎日こういった生活を送っているのだろう。部屋の様子から恋人がいるようにも友達がたくさんいるようにも思えない。一流企業のレッテルを抜けると、人間は一人になってしまうのだろうか。彼も事件の被害者なのかもしれない。以前きいた話では、もっと都心の立派なマンションに住んでいたと記憶している。給料が減れば住処も変わる。事故で人間関係も変わる。彼は孤独だ。

 眠る前に、彼は空に向かって祈りをささげた。みのりは心がじんわりした。なんともいえない言葉では表現できない思いだ。でも、この人をどう助ければいいのか。そんなに困った場面に出会うこともできない。男の生活は質素で真面目だ。つまりお手本のような模範的な生活なのだ。ガムは不思議で何時間たっても味がなくならなかった。ほのかに甘く香りもいい。透明になったまま、みのりはつい、ガムを飲み込んでしまった。しまったと思ったが、もう遅い。

 どうしよう――夕陽屋に戻ることもできず、吐き出すこともできない。でも、男を助ければ館に戻ることができるかもしれない。

 男が落としたごみを拾ってゴミ箱に捨ててあげたが、元に戻らない。
 みのりは焦る。男は寝てしまう。布団をけって腹を出したので、かけてあげるが、夕陽屋に行くことはできないでいた。

「ごめんなさい」と泣く。泣きながら部屋を見回すと、男の部屋に寝る前に書いていた日記があった。そこには、毎日反省、ざんげの言葉がぎっしり書かれていた。この人は本当に反省しているのか。元々わざとでもなく、悪意はなかった。母の不注意もあった。それなのに、みのりは男のことばかり責めていた――。こればかりはどうにもならなかったのだ。ごめんなさい。

 男の机になぜか白い未来ノートが置かれていた。ノートの主人公に、この男が選ばれたのだろうか? でも、何も書かれていなかった。置いてあるペンをとって書き込む。
『山瀬一郎は幸せになる。死んだと思った交通事故の被害者の女性は死んでいなかった。生きて家族と幸せに暮らす』

 すると、ノートから光がこぼれる。まるでビー玉のように光の粒が床に零れ落ちた。すると、未来ノートは光と共に消えて、母が事故にあう前の時間に戻る。

「今なら間に合う」
 透明ではなくなっているみのりは母親の元へ向かってかけていった。
 黒い未来ノートの効力は消え、白い未来ノートの効力が勝ったのだ。しかも、過去に戻る力があったのだろうか? これは滅多にない過去に干渉するというノートの効果らしい。その場合は、夕陽屋に戻らず過去のやり直したい場所に戻ることができるということだ。

 未来ノートは消えたが、みのりはこれからどんな未来をつづるのだろう。まだ白紙のノートが私たちには誰しもが持っている。ただ、見えないだけなのだ。

 そして、なぜこんなノートがこの世界にあるのかというと、黄昏夕陽のしわざらしい。最近、夕陽は積極的に物語を収集してコレクションしているようだ。