奇妙でお菓子な夕陽屋

人間をコピーする風船2

 もしも、自分と同じ姿をした人間がいたらどうする? その人間が取り引きをもちかけてきたら? うまい話に乗ってしまうのが人間の心なのかもしれない。そんな心のスキマを見つけ出して入り込んでくるのがもうひとりの自分、コピー人間の特徴だ。コピー人間に出会ってしまった少年の話がはじまる。

 タツヤは部活で疲れていた。でも、塾のテストがあるのか。はぁ、体が疲れた……ゆっくりしていたいなぁ。そんなことを思いながらベッドに横たわる。

 これは、夢だろうか。まどろみの中、不思議な店の中にいる。タツヤは不思議な少年に風船をもらう。

「これは、夕陽屋のお試し品だよ。人間をコピーする風船さ。もう一人の自分、つまりコピー人間が生まれるってことさ。気に入ったらお金を持って風船を買いに来てよ。黄昏時にこの店に行きたい気持ちを募らせれば現れるから」

 目が覚める。ここは自分の部屋だ。夢だったのだろうか? でも、風船がにぎられていた。とりあえず、半信半疑で風船をふくらませる。

「代わってあげようか?」

 誰もいないはずの自分の部屋に知らない声が響く。タツヤがふりむくと自分がもう一人いる。そんなはずはないのだが、鏡に映った自分でもなく、意志をもった自分だった。風船が手元にない。もしや、風船が人間になったのだろうか?

「君は誰?」
「僕はもう一人の君さ。コピー人間と人は呼ぶんだ」
「なんで僕と同じ姿なの?」
「困っている人を助けるためにボランティアをしているんだ。本当の姿はないから、誰かの見た目をコピーして生きているんだ」
「本当の姿はないの? というか何者なの?」
「大昔に死んだ魂なんだけどね。煙が本当の本体なんだ。でも、人間みたいに生活したいから、誰かの姿をコピーして生きているのさ」
「幽霊とは違うの?」
「僕は人のために人らしく生きたいだけなんだ。だから、こわがることはない。仲間だよ。君は今日の塾のテストを代わってほしいんだろ?」
「でも、僕は結構成績がいいからね。君がその学力を持っているのかい? 成績は落としたくないからさ」
「コピーしているから、見た目も声も学力も同じなのさ」
「でも、取引ってことは何かあげなきゃいけないんだろ?」
「ボランティアだよ。君にゆっくりしていてほしいのさ」

 そんなうまい話があるのだろうか? そんなことを考えていると、塾に行かなければいけない時間になる。

「でも、親が家にいるから、行かなければばれちゃうよ」
「塾に行っている間は透明化させてあげるよ。その間、眠っていればいい」
「透明に? でも何時間で透明化はとけるの?」
「塾が終わる時間には透明化がとけるから、それまでゆっくりしていてくれよ」
 きつねにつままれたような話だが、悪い条件じゃない。
「じゃあ今日だけおねがい」
「OK」

 そう言うと、僕の姿をした僕は塾へ向かった。コピーしていると記憶もコピーされるらしく塾の場所も席も学力も全てわかるということだ。1回だけならばいいだろう。そう思ってベッドにいたのだが、透明である間にできることがあるのではないだろうか? それに塾でちゃんと勉強しているのかどうかもわからないので、突撃授業参観をすることにした。姿が透明なので、親にいってきますを言うこともなく、そのまま外へいく。そして、塾に行ったあと、好きな女子の家にでも寄ってみよう。そんなことを思いながら、塾へ行くと、自分の姿をしたコピー人間はテストを受けていた。安心した僕はそのまま、好きな女子の家にこっそり訪問しようとたくらんだ。今日、その女子から手紙をもらったのだが、何が書いてあるのかはまだ読んでいなかった。

 そのとき、かすかに車のエンジン音が聞こえた。最近の車は性能がいいので、エンジンの音が静かだ。だからこそ、見えない透明化した人間にはとても危険なものだった。突然の車の突撃にタツヤは身構える暇もなかった。運転手は透明な人間はみえないのでブレーキを踏むことなくそのまま前進するが、突然見えない何かに当たって衝撃をうけたので、驚いて、一旦止まる。しかし、車から降りてもなにも見えない。運転手は首をかしげながらもその場を去った。救急車を呼ぶことももちろんしない。だって、姿が見えないのだから。

 大けがを負って、瀕死状態の少年の声は誰にも届かない。ただ一人を除いては……。

「大丈夫?」
 見えないはずのタツヤに向かって夕陽屋の少年は優しく微笑む。

「試供品をうまく扱えなかったみたいだね。君を助けてあげようか」
「たす……けて……」
 大けがを負った少年は夕陽に向かって助けを求めた。

「コピー人間ってボランティアで成り代ってくれるけれど、透明化することで色々な人たちが事件に巻き込まれたりしているんだ」

 そう言って、少年は命の水を取り出した。
「これをかけてあげよう。そうすれば傷が治って透明化も元通り。もし、2度目にコピー人間が来たら、君の体を気に入ったからと取引を持ち掛ける可能性がある。そのとき、断らないと体を乗っ取られてしまうから気をつけて。コピー人間にこの消滅塩をかけるといい。そうすれば君の元に二度と現れないだろう」

 夕陽はラムネのようなビンを手に持ち、透明できれいな水を少年の体にふりかけた。かけた水は透き通っていて暗いはずの夜道なのに光っていた。タツヤはそのままなぜか気を失ってしまった。美しく神秘的な雰囲気を持つ少年で、きっと普通ではない何かを秘めた者なのだろうと思えた。

 気づくとタツヤは部屋のベッドの上にいた。さっきの話は夢だったのだろうか? でも、手のひらには塩が入った袋がちゃんと握られていた。夢ではなかった。塾が終わると、コピー人間が現れた。
「テストは受けたよ。君の体はとてもしっくりくるんだ。また何かあれば代わってあげるよ」

 僕の体を気に入ったらしい。手のひらに握り締めていた袋を静かに手のひらで破る。

「ごめん、もう僕の体は貸せないよ」
「そんなこというなよ。だって、こんなに快適な体ってそうそうないからさ。わたしの本体になってほしいんだよね、貸してよ」
 コピー人間の声は鬼気迫る感じがする。したでには出ているが、おどしているような声だった。僕の体は震えていた。コピー人間からは、ただのいい存在ではなさそうな黒い煙が見えたからだった。これはきっとやばい存在だ。
「あなたの体、ちょうだい」
 自分の体なのに、自分の体ではなくなりそうなしびれを感じたタツヤ。なんとか、体が金縛りになってしまう前に右手を動かす。

「さようなら」
 そういった瞬間、タツヤは手のひらににぎった塩をコピー人間めがけてふりかけた。すると――コピー人間は黒い煙の姿に戻りながら、悲鳴をあげて消えた。とはいっても、タツヤの前から消えただけで、どこかにまた出現するのかもしれない。でも、もう二度と自分の体を誰かに貸すことはやめた。どんなに疲れていても、楽をしたくても自分は自分だ。誰のものでもない。

 消滅塩が床に置いていた憧れの女子からもらった手紙にかかってしまうと、その手紙は消滅してしまい二度と読めなくなってしまった。すぐに開封して読んでおけばよかったと後悔するがあとの祭りだ。触れたものを消滅させる恐ろしい塩なのだとタツヤは実感した。


これからは、ここで新商品を開発したり、都市伝説のような話を集めたりして、特別な本を制作したいと思っている夕陽。これからは人間の夢の中に入ったり、わざとアイテムを落としたりして物語を誘発させようと思っていた。困っている人間を助けるために現地に赴くのも今まで以上にするつもりらしい。