奇妙でお菓子な夕陽屋

第二章 バクとメアとコーヒーグミ


 夢は不思議だ。好きな人にも会えるし、好きなことができる。自分のなりたい職業につくことも、年齢や時間さえも自由に操ることができる。夢は無限で無敵だ。だから、眠っている間が一番幸せだと感じた夢香は眠り姫になりたいと本気で思っていた。 

 夢の中に出てくる素敵な少年がいた。その少年と毎日会いたくて話がしたくて眠る時間を増やした。最近は夜だけでは足りず、昼寝までする始末だ。それくらい夢にはまってしまった夢香。彼の名はバクというらしい。日本人のように見えるのだが、どこか不思議な雰囲気をまとっており、クラスメイトにはいないタイプだった。将来の夢や悩み事も優しく聞いてくれたし、必ず夢に出てきてくれる。近々本気で告白しようかな、そんなことすら考えていた。

 今日の夢ではどんな話をしようかな、そう思って寝床に着く。すると、見たことのない少年が現れた。
「俺はメアっていうんだ」

 バクとは違う雰囲気の少年だった。バクはどちらかというと優しく繊細なタイプで色白だった。メアと名乗る少年は元気があり、少し意地悪で色黒だった。どちらも顔立ちは整っており、女子が放っておくとは思えないが、夢香はバクのほうが好みだと思った。既に好きになっていたからかもしれない。好きという気持ちはその人だけが特別で、全てがかっこよく見えるのだ。

「なんだよ、冷たいじゃないか」
 メアは金色の髪の毛をなびかせながら夢香の顔をのぞきこむ。メアの距離の取り方は、バクと違ってとても近い。こんなに近くに顔を寄せてくるなんて……夢香はとても恥ずかしい気持ちになる。バクは今日はいないようだ。

 すると、いつもは夢の中にめったに起こらないようなアクシデントが襲う。なぜか、洪水が迫ってくる。メアは必死に夢香を守ろうとする。夢香はそのまま水に沈んでしまい、息ができない。死んでしまうと思っていると、メアが手を差し伸べてくれた。抱きかかえられた夢香は死をなんとか免れてそのまま岸に連れて行ってもらった。なんだろう、命の恩人のメアの顔を見ると、心臓がドキドキしていた。夢だから死ぬはずもないのに、夢の中では死ぬと思えてしまう。夢なのに現実のような気がする。これは、錯覚? 魔術なのだろうか?

 悪夢を見てうなされて起きると、家族が心配して夢香の様子を見ていた。
「あれ? みんなどうしたの?」
「夢香はずっと眠っていたんだよ。とても心配したよ」
「え? 一晩じゃないの?」
「丸一日寝てたんだよ。起こしても全然起きなくて……心配だったよ」

 お母さんが涙目で見ていた。そういえば、夢の中で彼らと会うようになって睡眠時間が増えたように感じていたが、これは気のせいではなかったということだろうか。毎日夢にバクやメアが出てくることと関係しているのだろうか? 夢香はお母さんをはじめとする家族を心配させたことに罪悪感を感じていた。しばらく寝ていたせいか頭がぼーっとしていた。お母さんが夢香のために料理を作ってくれている間、顔を洗い、水を飲もうと起き上がる。夕陽がまぶしい時間だった。

 丸1日眠ったのにまだ眠いなんて普通ではないと感じていた。

「私、自分がどうなってしまうのか怖い……」
 不安な気持ちで窓辺の夕陽をながめる。

 とりあえず今日はなるべく起きていよう。でも、起きているとバクに会うことはできない。好きな人に会いたいという気持ちがつのっていることに気づいた夢香は胸がうずく。

 すると、自宅にいたはずなのに見知らぬ店の中に入っていた。独特の雰囲気に圧倒される。異世界のこわい人がやっている店に違いない。夢香はとても怖く感じた。人間は知らない場所へ来ると警戒心が働く生き物だ。だから、こわいと感じることは身を守るためには必要だと本に書いてあったような気がした。

「いらっしゃい」
 知らない少年がこちらを見ていた。こわそうな人がきっといるのではないかという予想は見事外れた。

「君はバクとメアに狙われているみたいだね」
「私、初めて好きになったのが、バクだったんです。そして、メアのことも……」
「このままだと君はずっと眠ったまま生きていくことになるけれど、それでもいいのかい?」
「眠ったまま? 起きることができないということですか?」
「そうだよ、眠り姫みたいにねむったまま生き続けて、いずれ死んじゃうんだよ」
「眠ったまま死ぬの?」
 こわい現実を突きつけられると、恐怖で足が震えてしまう。

「眠ったまま死にたいと思う人は結構いるけどね。メアはナイトメアっていう悪魔。彼は悪夢を見せる悪魔なんだ。バクは夢を食べる動物と言われているんだ。彼らは共生している。悪魔が悪夢を見せて、バクがそれを食べるということをずっと続けているのさ」
「あの二人はグルだったってこと?」
「お互いグルだと思っていないみたいだけど、結果的にバクは夢を食べることができるから、メアの近くにいることが多いんだ」
「私……さっき起きようとしたのだけれど、夢から覚めないみたいで」
「夢の住人になりかけているようだな。夢から覚めたいときはコーヒーグミを食べるといいよ」
「本当に?」
「でも、2度とあの二人に会うことはできないけれど」
「初恋だったけれど、現実にはいない二人と恋はできないから。家族を心配させたくないし」
「恋は起きていればたくさんできるさ。これは特別サービスで無料であげるよ。切羽詰まった状態の人には特別無料であげているんだ」
「私、そろそろ起きないといけないので。ゆっくりしている時間はないから」
「扉をあけると目が覚めるよ」

 夢香は扉を開けた。すると、自分の部屋にいて、おかあさんが心配そうな顔をしていた。やはり丸1日寝ていたらしい。てのひらにはコーヒーグミがある。夢ではなかったのだろうか。

 バクに会いたいという気持ちとほんの少しメアに会いたいという気持ちが芽生えていることに気づく。またずっと眠ってしまったらどうしようという気持ちもあった。人間は必ず睡眠が必要だ。次に眠った時にやはり彼らに会う。

「会いたかったよ、夢香」
 バクはいつも優しく微笑む。やっぱり会えただけでうれしい気持ちになる。この人が好きだと思えた。そして、バクに丸一日眠ってしまったことや不安なことを話してみた。

「夢香はとてもいい子だから、家族のことを思いやっているんだよ。俺はずっと一緒にいてほしいとおもっているけどね」
 頬を赤らめながらバクは告白のような言い方をする。その言葉に夢香の胸がどきんと高鳴る。茶色いバクの髪の毛が風になびく。と思ったら、強風が起きた。風が止んだかと思ったら、聞きなれた声がする。

「夢香、会いたかったよ。俺のところに来いよ」
 突然メアがやってきた。バクはメアを見てにらんだ。メアは余裕の表情で夢香の手を取った。
「夢香は俺のことを好きになりかけてるよな? 俺にはわかるよ」
「夢香は俺のものだ」
 バクとメアが取り合いをしている。さながらお姫さま気分の夢香は人生で一番のモテキに少々戸惑いながらうれしさを隠せずにいた。どちらも好きなタイプの少年で、その二人が自分を取り合うなんて、素敵な現実だと思っていた。

 しかし、その後の会話で普通の恋愛話ではないということが分かってきた。
「夢香の夢は俺が食べるんだよ」
 バクが言い放つ。夢を食べる? どういう意味だろう?
「俺は夢香に悪夢を見せる対象に決めたのさ、邪魔しないでくれないか? 夢喰いのバク」
 悪夢? 夢喰い?
「貴様のような悪魔に獲物は渡したくはないな」
 悪魔? そして、獲物ってさらっと言ったような……。
「俺のかわいい獲物はひとりじめしたいからな」

 怖くなった夢香はコーヒーグミを一口食べた。あの不思議な店でもらったものだ。きっとこれで、彼らに会うことはない。そう思うと、自分の部屋のベッドに寝ていた。お母さんが心配そうに見ている。

「もう、明日からはこんなに長く眠らないから大丈夫だよ」
「体調悪いなら病院で検査しましょう」
 お母さんは心配そうだ。
「私ね、夢の中で素敵な人に出会ったけれど、その人たちは人間じゃなかったみたい」
 するとますますお母さんが心配そうな顔をした。まずいと思った夢香は、仕方なく嘘をついた。
「実は、昨日今日は体調が悪くて長く寝ていたけれど、もうすっきりしたよ」
 コーヒーグミの効果は本当にだるさを感じさせない爽快感があった。

 ♢♦♢♦♢♦

 グミの袋を見つめた夕陽は一言放つ。
「このグミの副作用は惚れやすい効果もあるんだ。だから、あのこはすぐに好きな人ができるってこと。失恋には新しい恋っていうからな」

 翌日、学校へ行った夢香はなぜか見る男子生徒全てが素敵に見えてしまい、一人を選べないほど全員を好きになってしまった。だから、本当の恋はこの調子ではずっとできそうもなかった。

 バクとメアのコンビがあなたの夢の中に訪れることがあるかもしれない。近いうちに――。