「夏目...」

「えっ?」


一瞬、時が止まった。

言葉が、聞こえなかった。

風を、感じなかった。


「って、呼んでもいいか?」

「あ.........は、はい。呼び方なら、なんでも」


なんて言ったけど、

ほぼほぼ"夏目さん"ってしか呼ばれたことがないのに、"さん"を外されるのはけっこう苦しい。

あ、でも、さっき杉浦くんに"鈴ちゃん"って言われた時はなんともなかったなぁ。

なら、きっと慣れる。

"夏目"って呼ばれたら0.01秒後には、はいって言える。

大丈夫。

慣れればこんなに...汗はかかない。


「あ、あの...」


唐突に口が動いた。

何の計画性もない。

私の声帯は何を言おうとしているのだろう。

本人の私さえ分からない。


「わ、私は...な、凪くんと呼んでも良いですか?あ、そその...なっ、慣れてきましたし」


全然慣れているようには思えない。

けど、口はそう言っている。

100パーセント嘘。

それでも志島くんは

......笑ってくれた。


「いいよ。先輩も雨宮もそう呼んでるし」

「じゃ、じゃあ、凪くん。今後ともよろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく、夏目」


私達はお互いに照れ臭かったのか急に早足になって皆と合流した。

帰りの電車の中では皆爆睡。

私だけが茜色の夕日に照らされた空と海を知っていた。




これから何かが

始まるんです。