私はあの日、人間に殺されそうになった。
そして私を助けたのも、人間だったー。
中世ヨーロッパの東の端にある小さな村で、ヴァンパイアだった私は貧しい村の人々に薬を作り、その報酬に血を分けてもらいながらひっそりと暮らしていた。しかしある日国の役人がやってきて、「魔女裁判」がはじまった。
身の覚えのない嫌疑をかけられ、何度も拷問を受け、太陽の光で干上がるまで木に縛られ吊るし上げられた。
「くる…しい…誰か…」
助けてー。
そして、誰もいない暗い森の中を通りかかった一人の青年に助けられた。
「大丈夫ですか!?」
私を木からおろした青年は眩しいくらいの金髪と青い目をしたおとぎ話のように美しい男だった。
目を合わせると何故だかその時だけ、時間が止まったようだった。
「美しい…」
自分の言葉が声に出たのかと思った。
そして私は青年の白い首筋を見て抑えられないほどの衝動に駆られた。
あの肌に牙を立て、思うがままに血を吸ってしまいたい。
そんな本能を掻き消すように、最後の理性を振り絞って青年にお願いをする。
「どうか、このまま私を殺して…」
「何故?」
青年は私の正体に薄々気が付いているようだった。
各国で行われる魔女裁判、誰もいない森で木に吊るされた女、そして人とは思えないほど真っ赤な目と鋭い牙。
「もう誰も傷つけたくない…もうこのまま消えてしまいたい…」
それは切なる願いだった。
人に存在を疎まれ、世間から身を隠し、誰かを傷つけキズつけられる生活などもうまっぴらだった。
「それで私を一思いに…」
彼の腰にさしている剣を指差す。
青年はおもむろに剣を抜き、私に目掛けて振り降ろすと思いきや、自らの指へと突き刺した。
「何を…!?」
「う…っ」
そして流れる血を一滴、私の口へ運んだ。
体中の血液が沸騰し、意識や感覚がだんだん蘇ってくる。
そうして完全に目覚めた私は再び青年を見つめた。
「どうして…」
「私はどうやら、あなたに恋をしてしまったみたいです」
そう言って私の手にキスをした青年は、後に国の次期皇太子だったと判明する。
そして彼は永遠に魔女を愛する忠実なる生贄となった。
その後私は皇子の治める国へ連れて行かれ手厚く保護された。
綺羅びやかな宮殿の奥にある部屋に案内され、あなたの好きに使っていいと言われた。
雨漏りしない立派な部屋、ふかふかのベッド、温かいバスタブ、敵に襲われることもない安心感に暫くは幸せだったが、再びあの「飢え」がやってくる。
血が飲みたいー。
ハァハァと、体中を暴れまわる吸血衝動を必死に抑え込む。すると何処からともなく皇子が現れ、私を抱きしめる。
「やめて…触らないで…!」
でないと、またあなたを傷つけてしまう。
しかし王子は自らのシャツのボタンを外し、真っ白な肌を晒す。
「欲しくてたまらないのでしょう?血が。愛する人のためなら、いくらでも差し上げましょう」
さあ、と差し出された首に抗えず牙を立てる。甘くて苦い、官能的な罪の味。
「また、欲しくなったら言ってください」
真っ赤に汚した唇をなぞり、彼は部屋を後にした。こうして私は何度も彼の優しさに甘えてしまう。
本当に囚われたのは、一体どちらなのかー。