唇に柔らかい感触……視界が定まらないところに彼がいた。
感じるのは私の好きな香りと大きな鼓動だけ。

「……っ、社長……」

一瞬で離れていき、彼の淡い吐息が私の唇を撫でる。
近すぎて端正な顔はぼんやりしているけれど、熱い眼差しを向けられているのが分かる。

「お前が好きなのは、誰だ?」

艶めいた声で訊ねられ、全身の熱が上がる。
彼のことが『好き』という気持ちと『手に入れたい』という欲が混ざり、こらえていた涙が一気に溢れてきた。

「私は……藤堂快……が、好き」

自分でも驚くほどか細い声で伝えると、彼は小さく笑う。

「じゃあ、離れる理由はないよな」

「んっ……」

再び唇を奪われる。
でも……さっきみたいなただ重ねるキスじゃなくて、思考を鈍らすような深く甘いものだった。
求めるように唇を絡められて、ただただ応えていく。

息が苦しいのに何度重ねても足りない。
最後は私も彼の唇に溺れていた。
二十七年生きてきて、もっとキスがしたいと思ったのは、人生で初めてだった。

「お前を、他の男には渡さない」

長いキスの後、彼はそう言って私を抱きしめた。
私も腕を回すと、離さないとばかりにさらに強く抱かれる。

(離れたくない。藤堂快のことが好き)

ぼんやりとした思考の中そんなことを思っていると、彼はそっと私の頭を撫でた。

「俺がなんとかする。芽衣は何も心配しなくていい」

はっきりとそう言い切られ、私は無意識に頷いていた。

(いつも社長の言葉は迷いがなくて……いつも、安心してしまう)

渦巻いていた不安は消え去り、ただ一緒に居られる喜びが心を満たしていく。
彼の背に見えるエッフェル塔は、私たちを祝福するように眩い光を放っていた――。