王宮の奥深く、王の私室のうち小さいほうの居間に、五人の人物が緊張した面持ちで座っていた。

 国王アンセルムと王后セリーヌ、エドモン王太子とその婚約者ネリー、そして神官長ダニエルである。
 王族たちはそれぞれ二人ずつカウチやソファの隅に身を寄せ、ダニエルだけは離れた場所で肘掛けのない椅子に浅く腰掛け、きちんと姿勢を正している。
 人払いがなされ、従僕や侍女の姿はなかった。

 バーンとドアが開いて王太后ベレニスが入室してきた。
 その後ろから、白髪ながらやけに姿勢のいい老女が続く。南の大聖女ドゥニーズである。

「アンセルム、エドモン、死にたくないなら聞きなさい」

 前置きもなくベレニスは言った。
 青い顔をした王と王太子が、ゴクリと唾をのみ込む。

「最初に言います。アニエスは戻りませんし、トレスプーシュ辺境伯はエドモンを許す気はないようです」
「では……、我々は、どうなるのですか」
「攻めてこられたら終わりでしょうね。玉座を手放しても、あなたがたへの呪いは解けません。早晩、死に至るでしょう」
「そんな……」

 セリーヌの手を離してアンセルムが立ち上がる。
 エドモンもネリーから身体を離した。セリーヌとネリーは、ただ不安そうにおろおろしている。

 ベレニスは続けた。

「ただし、呪いに対抗する手段が何もないわけではありません」

 アンセルムとエドモン、そしてセリーヌとネリーの顔に期待の色が浮かぶ。

「母上、それはどんな手段ですか? 私にできることなら、なんでもします」  
「その言葉、しかと聞きましたよ、アンセルム。エドモンも同じ覚悟がありますか?」
「死ぬのは嫌です。なんでもします」

 よろしい、とベレニスは重々しく頷く。

「辺境伯の城で、私は、ここにいる大聖女ドゥニーズと、呪いの研究をしているカサンドル、そしてアニエスに会って、ある貴重な現象について、話し合いました。きちんと修行を積んだ者だけに現れる、たいへん貴重な現象についてです」

 セリーヌとネリーが気まずそうに目を逸らす。ドゥニーズがにやりと不気味に笑って二人を見た。

「修行の中で大切なものとして、朝の祈りを済ませてすぐにすべきことがあります。セリーヌ、何だかわかりますね」
「……聖なる泉の水を汲むことです」
「その通り。夕方には何をしますか、ネリー」
「……滝に打たれます」
「よくわかっていますね、二人とも。ならば、あなたたちは、その二つを、一日も休まずきちんと行ったのでしょうね」
 
 セリーヌとネリーが何も言えずに顔を伏せた。

「やらなかったのか!」
「ネリー!」

 王と王太子が怒りをあらわに二人を責める。

「なんということだ……。それで、力が足りなかったのか」

 ベレニスは軽蔑するように自分の息子と孫を見て、ため息を吐いた。

「あなたたちはバカですか?」
「バカとは、なんですか、母上」
「そんなことは最初からわかっていて、セリーヌ、あるいはネリーを第一の聖女に就かせたのは、ほかでもなくアンセルムとエドモン、あなたたちではありませんか。自分のしたことを棚に上げて、セリーヌやネリーだけを責めるとは何事です。みっともない」

 ボンキュッボンにふら~っとなったくせに、とベレニスは苦々しく思う。
 アンセルムとエドモンも気まずそうに目を逸らした。

「ですが、ポイントは合っています。おそらく、あの修行こそが、あなたたちの命を繋ぐために必要なものだったのです。先ほど話した貴重な現象についてですが、毎日、石段を登る者に、泉の神様が何かいいことを言ってくれることがあるのです。いつと決まっているわけではなく、ひたすら毎日登り続けることで、時々、聞くことのできる貴重な声です」