と、まあ失礼なことを考えておいて、やっと幸助の疑問に答えようという気になった。
「初めまして、琴吹 庵歩(コトブキ アンポ)と言います」
「………庵歩さんって言うんですか」
ああ、分かります、その反応は日常茶飯事なんで。言わなくても分かりますよ。大丈夫です、しっかり伝わっています。
ここはひとつ先手必勝。
私は初対面の人に言われる言葉ナンバーワンを畳み掛ける。
「……変な名前だなとか思ったんじゃないですか。顔に書いてありますよ、許しません」
勢いのあまり、初対面だということを忘れ、凄まじい馴れ馴れしさで先手を打ってしまった。
昔から近くにいたような気にさせ、油断させる力が阿呆には…………あ、いや、この男にはあった。
「いや、そんなこと言いませんよ。現にいま、俺は無表情ですし、まさかそんな、顔にも書いてないですよ」
サボタージュ気味な表情筋だから無表情なのだと言い張る割には、口元が緩んでいる。
つまり無表情などでは決してない。
幸助は自分の表情を理解しないまま、私に尋ねてきた。
「えーっと琴吹さんってことは、隣の家の方ですよね?」
「ええ、そうです」
そうでしたかご挨拶に伺おうと思っていたんです、と幸助は言った。
しかし玄関先で大往生よろしく、あんな盛大にご挨拶をされても困るんですけど────と思ったことはおくびにも出さない。
微笑みで誤魔化しているあたり、私の成長が感じられる。
よくやってるぞ庵歩。
誰も褒めてくれないので自分で褒めるしかないのである。



