庵歩の優しい世界



「え、え……?」

「そう。お前はただの友達だと思ってただろうけど、俺はそうじゃなかった。なんだよ、なんでお前が泣きそうになってんだよ。そんなにガッカリしたか?」


「そういう訳じゃ、ないけど」


「馬鹿だなあ。いつでも虎視眈々と機会を窺ってたよ、俺は。好きになってくれ、頼むって。

でも、庵歩は見向きもしないだもんな」


「そんなこと……」


「そんなことあるって。女は向こうからやってくる。何にもしなくても、無視してても関係なしに。でもそれってさ結構虚しいんだよ。

……ほんと、虚しい。好きな人には見向きもされないって、意味ないじゃんね。

そんなの、なんっにも意味がない。でもさ俺、庵歩とはせめて友達として一緒にいられるんだったら、もうそれでもいい」


「わ、私は……」

「いいよ、何にも言わなくて」

「珠手………」



「なにもいうなよ。部屋で人を待たせてるんだ、庵歩に言いたいことは全部言ったから………じゃあ、これで」



何も言えずに───なんて声をかけたらいいのかすら分からず、去っていく珠手の背中を呆然と見届ける。



珠手は肝心なことを私に言っていないんじゃないのだろうか。



───恐らく、それは私が心配するような事柄で、だからこそ言えなかった、言わなかったのだろう。

無駄に明るく話して、なんてことないように振舞っても、不自然すぎてバレバレだ。




バレバレなのに……だからこそ私は何と声をかけるべきか迷った。

隠したいことがあって、それを暴こうとするのは、彼の気持ちを無下にするようなもの。



「ホントのことを言って、必ず助けになるから」


この一言を言わなかったのは友人として失格なのだろうか。
人のSOSが、水のように感触として伝わればいいのに、とそう思う。



大きく深呼吸して、マンションから出る。
と、向かいから入れ違いで入ってきた黒いスーツの男とぶつかりかけた。

「す、すみません」

私が頭を下げると男はじっとこちらを見て、そして何も言わずにエレベーターの方へ歩いていった。