庵歩の優しい世界



 清潔で、だけれども無機質なエントランスで私たちは沈黙した。


考え込んだように押し黙る珠手に「なんか言ってよ」と急かすと、足をかがめて目線を私に合わせてきた。



「あ、いや……そうだよな、ごめん庵歩」

「なにちょっと笑ってるのよ」

「嬉しくて」

「え?」

「だって、あんな一方的に家を飛び出したから。愛想尽かされたかと思ってた。
だから、来てくれるなんて思ってなくて。ああ、どうしようすごく嬉しい」



 私は直感的に『試されていたんじゃないか』と思った。
試されて、そしてまんまと彼の思い通りに心配して家にまでやってきた。


「電話出なかったのはそっちじゃん」

「それは……」

気まずそうに頭をかいて誤魔化そうとする。
苦痛に耐えるような、それでいて言いたいことがあるような表情をしながら

「そうだな、ごめんな……庵歩」と言った。


なんだよ、この感じ。
私ばっかりが感情的になって、肩透かしをすらっているような。


じっとりと湿り気を帯びた沈黙が、言い知れぬ嫌な予感させた。肩がこわばる。