庵歩の優しい世界



 気付いてしまったのだから、知ってしまったのだから、知らないふりなんてもうできない。


じゃあどうするって?


そんなのもう決まっている。珠手の家に行ってみるしかないじゃない。


 というわけで、私の通っている大学から徒歩10分ほどにあるマンションに来た。

珠手の家だ。

見上げると首がもげそうなほど高い。インターホンを押すと女の人が「はーいと間延びした声がした。


「あ、あの琴吹と申します」


 女の人は少し間を置いて「えっとー、ちょっと待ってください」とインターホンから離れた。

遠くでかすかに話し声が聞こえる。

珠手と話しているらしい。この人とどういう関係なのかは詮索しないでおく。


 しばらくしてプツンとインターホンが切れた。長い間放置していたせいだろう。


代わりに、エントランスのエレベーターが開き、目をまん丸にさせた珠手が現れた。


息を切らせて「何で、庵歩がここに……?」と言葉を詰まらせる。


「何でって、看病してくれたお礼を言いに来たの。珠手、怒って出て行ったきり電話にも出てくれなかったし、ちょっと本気で心配した」