庵歩の優しい世界



「……あの」


 幸助が深刻な顔で言う。私は身構えて次の言葉を待った。料理を失敗した他に、重大なことが今から発表されるのかとドキドキした。


「…………俺も庵歩さんって呼んでいい? ですか?」

 私は思わずポカンと口を開けた。ええ? この流れで、それ?
料理を失敗した言い訳でも、その他の重大発表でもなく、それ??

「いいけど。それにさん付けもいらないけど、え、なんで今?」

「いつ言おうか迷ってたんですけど、タイミングが……」



 ぜ、絶対このタイミングではなかったと思う。汚れた食器を洗う、この瞬間ではないような。


なんだ、この人………。
笑いをこらえきれず、肩を揺する。

「……くく。ふふ、ふははは」


 面白すぎる!


「や、やっぱり、そういうのって親しくなってからですよね! ご近所の分際ですみません……」


「いやいや、全然名前で呼んでくれていいですよ。それに、荷解き手伝う間柄ってかなり親しいと思います。
もう、突然何を言うのかと思いましたよ、急にどうしたんですか」