「そ、そういえばさ」

 沈黙に耐えきれなくなった私は、思わず尋ねた。

「聞いたんだけどさ、八乙女くん、好きな人、いるんだって?」

 八乙女くんがハッと息を飲む音が聞こえた。

 少しの間の後、八乙女くんはうなずいた。

「……うん、いるよ」

「そ、そっか。それって誰? 私の知ってる人?」

「うん……まあ」

 言いにくそうに答える八乙女くん。

「こ、告白とか、しないの?」

 ああもう、やだなあ、私。思ってもないのに、ついそんな言葉が口に出る。

 八乙女くんは照れたように窓の外に目線をやった。

「……うん、まあ、告白して今の関係が壊れるのが怖いしさ」

「そっか」

 やっぱり、八乙女くん、恭介くんのことが好きなのかな。

「でも」

 八乙女くんはギュッとこぶしを握りしめた。

「……体育祭のラストに、フォークダンスあるじゃん? だから、もしうちのクラスが優勝したら、その時に告白しても良いかなって思ってる」

 八乙女くんの真剣な瞳。胸がギュッと締め付けられるように痛くなった。

「そ、そう。頑張ってね……」

 八乙女くんが、告白……。

 私は下を向き、シーツをじっと見つめた。

 コンコンコン。

「……おーい、八乙女、次の試合はじまるぜ?」

 保健室の外から恭介くんの声がして、八乙女くんが顔を上げる。

「――ああ、今行く」

「……そっか。次の試合始まるんだ。頑張ってね」

 私は無理矢理笑顔を作って八乙女くんに手を振った。

「ああ、頑張るよ。若菜さんも無理すんなよ」

「うん、私は平気」

「それじゃ」

「うん」

 保健室のドアが閉まり、八乙女くんのパタパタという足音が遠ざかっていく。

 はあ……。

 胸が苦しい。

 どうしてなんだろ。

 私、八乙女くんの幸せを願ってた。
 八乙女くんの恋を応援するって決めたのに――。

 いざ八乙女くんが告白するって聞くと、フラれればいいのになっていう思いが胸の中に押し寄せてくる。

 そんなこと、考えたくないのに。

 はあ。

 いつから私、こんなに嫌な女の子になってしまったんだろう。