世界でいちばん 不本意な「好き」



──── だれかに思ってることを聞いてもらったって良いんだよ。

ふみとが、そう言ってくれたから。


「それからはもう、散々で。家の中ではいないものとして扱われて、ピアノ界隈では噂の的。お母さんたちも相当言われたんじゃないかな。とにかく家にいづらくて。というか、ごはんも出てこないし、おこづかいももらえないから生きていけるか不安になって、寧音の家に住まわせてもらったりしたんだ。寧音はね、昔からわたしのお母さんのピアノ教室に通ってて、仲良しだったの。でも、一緒に過ごしてみると、やっぱり間にピアノがあって。弾けないわたしはもう寧音の傍にいちゃいけないような気がしちゃって。それに寧音は音彩先生…お姉ちゃんとも仲が良くて、うらやましくなっちゃって。自分から遠ざけたの。
音彩ちゃんに、チウガクは特待生がもらえたら学費免除で寮にも入れるって聞いて、それからはとにかく猛勉強。それで外部生としてチウガクに入ったんだ」


寧音はもともと通っていたから、ほんとうなら同じ学校に行けてうれしいはずだった。

合わせる顔が、なかった。


「それで、今ね、リハビリがんばってるの」

「え、もう一度ピアノ弾くの?」

「うん…やっぱりわたしにはピアノしかないんだなって思って。今付き合ってる穂くんも寧音も、わたしのピアノが好きみたい。あの頃はぜんぜん見えてなかったけど、望まれてるんだって思うと、自分にも価値があるのかなって思えて、気分が良いの」

「価値って…」

「でも思うようにいかなくてちょっと悩んでたんだけど、ふみとが、元気出るようにって、これを塗ってくれた。だから1本だけなの。長い休みに入ったらぜんぶ塗ろうと思ってるけどね!」


今はまだ、魔法のようなそれに頼っていたい。