……なにも大丈夫ではなさそうだが、という顔でジンは見ていたが。

「あまり先のことは考えないようにします。

 だって、未来って、本当にわからないですよね。
 私は父とそう年の変わらぬレオ様に嫁ぐのだと思って、此処まで来ました。

 でも、私の夫はジン様になりました。
 ジン様の方が歳も近くて、話が合いそうとかそういうのだけではなくて。

 私……なんだかわからないけど、ジン様が好きな気がします」

「アローナ……」
とジンがアローナを見つめる。

「好きって気持ちは、不条理というか。
 何処からなにを理由に湧いてくるのかわからないのに、その人でなければ駄目だと思ってしまうもののようですね。

 知りませんでした」

 恋というものを知らなかったアローナはそう言った。

「まあ、何故、どうして、その人を? って(はた)で見てて、思うこともありますけどね」

 兄を見ましたか? とアローナは言う。

「エメリア様の手紙を読んだとき、もしかして、行方不明のエンに関係あることかも、と思いました。
 ああ見えて(さと)い兄にも、それはわかっていたはずです。

 人知れずエンを奪還するには、兄が来ない方が都合がよかったので、置いて行きましたが。

 恋人が誘拐されているかもしれないというのに、素直に待ってるこの人、どうなんだろうな、とも思っていたんです」

 だが、アローナたちとともに帰還したエンを兄、バルトは酒宴ではなく、お茶会の用意をして待っていた。

 花咲き乱れる庭園で、バルトは、走って汗だくになったエンを笑顔で出迎え、エスコートした。

 真っ白なテーブルにはいい香りのするお茶と不恰好な焼き菓子。

「私が焼いたのだ」
とバルトは言った。

「覚えているか。
 昔、私は厨房に入り浸っていて。

 職人たちに菓子の作り方など習っていた。

 自分で焼ければ、今日はもう此処までです、と制限をかけられても大丈夫だと思ったからだ」

 兄よ……。
 子どもの頃から、待てのきかない子でしたね、と思いながら、アローナはその話を聞いていた。

「そして、そんな私の横で、アローナが調味料の順番の歌を習っていた」

 そうバルトが言うと、思い出したようにエンが笑う。

「でも、不恰好な菓子しか焼けなくて。
 そしたら、お前が一緒に習って焼いてくれたのだ。

 お前はみるみる上達して、最初に教えてくれた菓子職人より、あっという間に上手くなった」

 エンは今も上手くはない兄の焼き菓子を見たあとで、一度、目を伏せ言った。

「私の焼き菓子。
 あっという間に上達したのは、誰の心も(とりこ)にするようにと頑張って焼いていたからです。

 ……誰の心も、違いますね」

 エンはバルトに歩み寄り、見上げて言った。