魔女見習いと影の獣

 廊下へ出ると、鼓膜を圧迫されるような静寂がリアの全身にからみつく。
 警備兵や塔に勤務している精霊術師は拘束されてしまったのか、彼らがリアたちの元へやって来る気配は一向にない。
 そして侵入者が近付く音もまた、何一つ聞こえてこなかった。
 出来る限り足音を抑えて移動しながら、奥まった通路を右へ左へと曲がっていく。やがて見えてきた木製の扉は、話に聞いた通り小さく細長かった。
 リアは上下に並ぶ(かんぬき)を手早く外すと、ゆっくりと扉を押し開く。漏れ出る風が黒髪を巻き上げる中、狭い階段室を恐々と覗き込んだ。

 ──その瞬間、バザロフの遺跡を訪れたときの記憶が脳裏を掠める。

 中から影は溢れ出してこなかったが、リアは無意識のうちに心臓の辺りを押さえてしまった。

「……真っ暗」

 一緒に階段室の闇を見下ろしたリュリュが、ぽつりと呟く。 
 少年の掠れ気味な声で我に返ったリアは、扉を全開にしてカティヤとファンニの方を振り向いた。

「よし、下りよう」
「えー……もうヤなんだけどぉ……暗すぎぃ」
「文句言わない」

 冷静なファンニを先頭に、ぐすぐすと泣きごとをもらすカティヤが続く。その後ろにリュリュを置いて、最後尾はリアが務めることになった。
 螺旋状の階段はひとつひとつの蹴り上げが揃っておらず、踏面(ふみづら)も狭い。爪先立ちになったり足首を横に傾けたりしなければ、容易く踏み外してしまいそうだ。
 細心の注意を払いながら彼らはぐるぐると階段室を下り、ようやく一階に辿り着く。

「オーレリア、この階段って直接外に繋がってるの?」
「うん、確か……中央塔と東塔の間に出るはずよ」
「じゃあオーレリアとリュリュは北の庭に、私たちは全力で南の石橋を走って火の精霊を呼ぶわ。あそこなら寺院からも見えるし、賊も引き付けられるかもしれないから」

 ファンニの言葉にそれぞれが頷いたところで、彼らは一旦深呼吸を挟む。
 皆が気合いを入れ直したのち、ファンニは扉を押し開いたのだった。