メイスフィールド大公国とキーシンの戦が、約五年の歳月を経てようやく終息を迎えた。
 その報は早馬にてエルヴァスティにも届けられたが、急遽来訪した皇太子サディアス・ガーランド=クルサードのある()()によって、王宮は少々ざわついていた。

「──キーシンの王子が行方をくらませた?」

 大巫女ユスティーナは怪訝な面持ちで、皇太子からもたらされた言葉を反芻する。
 広々とした会議室の中央、これまた細長い大テーブルに着席するのは国王を始めとした王宮の重鎮たちと、寺院でも優れた実力者である精霊術師たちだ。
 三十年前の征服戦争に参加し、以降も大公家や皇室の記録にその存在を刻んでいるヨアキム・ヴィレン。そして次代の大巫女たる資格を持つイネス・クレーモラもこの場に同席を許されている。
 錚々(そうそう)たる面々をさっと一瞥したサディアスは、悠々と椅子に腰かけたまま頷いた。

「敗北を喫したキーシンの幹部らが王子を逃がしたのだ。我々としては、奴がまた何処かで戦力を蓄える前に捕らえてしまいたい」
「……それで皇太子自ら、遥々エルヴァスティに助力を?」
「概ねその通りだ」

 サディアスは大巫女の言葉を肯定し、にこりと笑った。

「とは言え、大公家への恩もある。今回はあなたがたにキーシンの動きを伝え、備えを促すことが主な目的だ。どうか要らぬ戦火を被らぬよう注意をしてくれ」
「ふん、間違ってもキーシンの若造に手を貸すなと釘を刺しに来たのだろう。素直にそう言えばよい」
「いやはや大巫女殿は手厳しい」

 そう言いつつ皇太子は特に否定もしなかった。
 数ヶ月前、ヨアキムとその弟子オーレリアによって、大公家が影の精霊の呪縛から解放されたことは、既に知る人ぞ知る話だ。それに応じて、クルサード皇帝から褒美として莫大な金額がエルヴァスティに支払われたことも。
 魔女狩り以降すっかり控えめになってしまった国交を、この機に復活させることもサディアスの役目なのだろう。キーシンの動向を書簡ではなく、自ら訪問して伝えに来たことが何よりの意思表示だ。
 ──街でのへらへらした態度は何だったのだろう。
 じっと静かに話を聞いていたイネスは、堂々とした居住まいの皇太子をちらりと盗み見る。
 途端、動きを読まれたかのように視線がかち合い、サディアスが唇を吊り上げた。
 彼とはあまり関わらないようにしようと、イネスはそこで改めて決意したが……。

「そうだ大巫女殿。そろそろアイヤラ祭が近かったな。そちらの──イネス嬢に案内を頼んでも?」
「え」