久々に昇った眩しい朝日。
 静まり返った早朝の雪山に、鳥たちが極夜の終わりを知らせに飛び立つ。針山のごとく聳え立つ木々よりも遥か上、淡い晴天に舞う彼らの後を追えば、丘の上に立つこぢんまりとした家が姿を現した。
 その庭で、暁光をいっぱいに浴びては深呼吸をする黒髪の娘。
 彼女は赤く染めた鼻を擦りつつ、ちらりと背後の窓を覗き込む。中には未だ眠ったままの同居人がいた。彼女は優しく窓をノックして、爽やかな朝の訪れを知らせる──なんてことはせず。

「でぇい!!」

 勇ましい声と共に、振り下ろした斧で薪をかち割った。
 手強い薪が何度目かの振り下ろしで気持ちよく半分に割れれば、すぐさま次の薪を用意して同じように斧で叩き割る。

「お師匠様ぁーっ!! 起きてぇー!! 朝ぁー!!」

 薪割り、朝の運動、師匠の目覚まし。一石二鳥どころか三鳥である。呼び掛けに併せて斧を振りながら、最後の薪を無事に割ったところで、勢いよく窓が開いた。

「あ、お師匠様おはよう」
「おはようじゃねぇよ。山の動物全部起こす気か騒がしい」

 起床を余儀なくされた師匠ヨアキムは、元気すぎる弟子にげんなりとした顔で抗議する。それを知りつつも薪を拾う手は止めず、リアはあっけらかんと笑ったのだった。


「──そもそもお前な。自分の方が少し早く起きるからってわざわざ俺を起こすな。誤差の範囲で俺を寝坊と見なすな」
「えー、だってお師匠様、たまにお酒飲んで全く起きないときあるんだもの。精霊術師にあるまじき生活習慣だから、大巫女様からも注意するよう言われてるだけよ」
「あのクソアマ」

 朝食の前に薪棚の整理に取り掛かったリアは、今しがた割った薪を左端から積んでいく。
 二年前に修行の旅へ発つことが決まった際、冬支度にとリアが薪を割りまくったのだが、それらがちょうど乾燥期間を終えた頃だろう。すぐに使える薪は家の裏口まで運んでおくかと手を伸ばした矢先、師匠が先んじてそれを腕に抱えた。

「オーレリア、お前まだあのいけ好かん男と文通してんのか」
「え? エドウィン? うん」

 メリカント寺院、光華の塔で起きた急襲事件から早ふた月ほど。アイヤラ祭が(つつが)なく終わりを迎えた一方で、キーシンの残党の追跡は今もなお行われている。
 クルサード帝国のサディアス皇太子は、エルヴァスティの最高顧問である大巫女ユスティーナを伴って帰国。皇帝シルヴェスター、メイスフィールド大公デリック、べドナーシュ共和国の元老院議員も同席する合同会議にて、キーシンの完全鎮圧に尽力することが正式に決まった。
 そして──彼らに加担していると見られるエルヴァスティ王国の大罪人も、大々的に捜索することになったそうだ。
 祭りの終わりと同時に大公国へ戻ったエドウィンからの手紙には、親切なことにそういった各国の動きも添えられていた。

「そういえばそろそろ返事来るかも! 今度は何の話しよっかなぁ」
「はー……」
「え、何、お師匠様」

 もう一度だけ盛大な溜息をついたヨアキムは、何も答えることなく家の方へ向かってしまう。リアは眉根を寄せつつも、薪棚の整理もそこそこに師匠の後を追った。
 そのとき。

「ヴィレンさーん、おはようございまーす」

 門の鐘が引き鳴らされ、のんびりとした挨拶が投げ掛けられる。師匠を見遣れば、犬を追い払うかのような仕草で手を動かした。
 リアは駆け足で家の正面口へ回り、そこで馬の荷をほどいている最中の商人に駆け寄る。

「わー! やっぱりマルコさんだった!」
「リアちゃん、久しぶりだねぇ。しばらく見ないうちに綺麗になって」

 人当たりの良い笑顔を浮かべてリアの頭を撫でたのは、行商人のマルコだ。
 ヨアキムが作る薬を買い取って各所に卸している男で、温厚そうな顔に似合わず商売上手だと聞いたことがある。職業柄、師匠とは昔からの付き合いだそうな。
 もちろん長い間この家で暮らしているリアも、彼とはよく顔を合わせていた。幼い頃、彼の取り扱う商品を見せてもらったのは良い思い出だ。

「ちょいと早い時間に着いちまったが、ヴィレンさんは起きてるかな」
「起きてるよ。さっき大声で叩き起こしたから」
「ははは、相変わらず仲良しだね。っと、そうだ。寺院から預かってきたんだけど、リアちゃん宛てだよ」

 マルコはおおらかに笑うと、懐から一通の封筒を差し出す。反射で受け取ったリアは、差出人の名前を見てパッと笑顔を咲かせたのだった。