──夢があると、彼女が笑う。
 照れ臭そうに笑う顔は幼く、前をゆく足取りは軽い。
 沈みゆく黄金の光に包まれながら、夢とやらを教えてくれと(こいねが)う。
 揺れる背中が傾き、また愛らしい笑顔が振り返った。

「何だと思う?」
「……故郷で暮らすことかい」
「まぁ暗いお顔。私、そこまで酷い女に見える?」

 冗談とは言え、一人の男を簡単に振り回せてしまうのだ。十分に酷い娘だろうと、口には出さずとも顔に出てしまっていたらしい。彼女はくすくすと悪びれずに笑い、夕暮れ時の風に身を任せる。
 辿り着いた丘の上、石と鉄の街を見下ろす彼女の姿は、やはりこの景色に馴染まない。

「ねぇ」

 黄昏に染まった瞳が微笑む。

「案外似合うでしょう、この国にも」
「……そうかな」
「あなたが似合わないって思ってるだけよ。私を余所者に仕立て上げてるのは、この景色じゃなくてあなただわ」

 転じて、つんと鼻先が他所を向いてしまえば、焦るのはこちらだった。
 そよそよと靡く草むらを踏み分け、細い肩に手を添える。

「すまない。君の言う通りだ。……機嫌を直してくれ」
「怒ってないけど」

 けろりとした笑顔。呆気に取られて固まったのち、苦笑がこぼれた。
 二人で切り株に腰を下ろし、ただじっと建物の群れを眺める。繋いだ手が体温を等しく分けたあと、意を決して口を切った。

「夢とは何だい」
「当ててくれないの?」
「君の口から聞けるのなら、それが良い」

 臆病者。鼻白む男を視線だけで軽く詰った彼女は、されど握る手を強め、難しげな顔をして肩に寄り掛かる。

「……あなた、私が故郷から出たくないと思ってるのね? 今ようやく分かったわ」
「かなり前から確認しているはずなんだが」
「私はもっと前から言ってるはずよ。一緒にいて楽しいって」

 不意に音を立てた心臓に促され、寄り添う彼女を横目に見た。それを上目遣いに受け止めた彼女はと言えば、するりと傍から離れて立ち上がってしまう。
 逃げる手を掴み、引き戻しては体ごと抱きすくめた。始めからそうしていればよいのだと、彼女は言外に笑って腕を回す。

「夢、まだ分からない?」

 狡い人だと思った。そしてどうしようもなく愛おしい人だとも。
 逡巡の末、耳打ちに等しい声で夢の答えを告げてみれば、彼女が嬉しそうに頷いた。頼りない手に頭を引き寄せられ、導かれるままにこつりと額を突き合わせる。

「叶えてくれる?」
「……君が望むなら」

 彼女の夢を叶える役目を、他の者に渡すなどできるわけがない。
 ようやく浮かんだ笑みと共に頷くと、彼女が少しばかり面食らう。そうして意味もなく腕を叩かれて呆けている間に、またしても彼女は一足先に来た道を引き返してしまった。


 ──彼女の背中が黄金の光に掻き消されたところで、()は終わる。
 暗闇の中で伸ばした手は、何も掴むことなく地に落ちるだけ。
 広がる空虚は日ごとに増し、軋む胸を圧迫して止まない。
 男は空っぽで重たい体を引き摺って、今日も薄暗い道を独り進むのだった。