「あれはお嬢様が19の時でした…。」



あの後部屋の真ん中にある応接セットのソファに座らされ、私は佐和さんと向かい合った。

佐和さんはしばらく私をジーっと見つめたあと、フッと笑みを零し、ゆっくりと語りだした。


「いきなりお屋敷に若い男性を連れていらして、この人と結婚する、そうおっしゃいました。

妃芽子様は今まで男性の影が全く見えない方でいらしたので、屋敷のものは皆とても驚きましたわ。」


佐和さんは懐かしむように、左手で右手の甲を撫でた。


「その時の男性こそが、沢柳享様です。」


沢柳享(さわやなぎ とおる)とは、私の父親だ。


「妃芽子様はまだお若かったので、旦那様はもちろん反対なさって…。妃芽子様は、それでも諦めずに何度もお願いされたようですけど、旦那様のお心は変わりませんでした。
それに悲観した妃芽子様は、ついに享様とともに駆け落ちをするように、屋敷を出て行ってしまわれたんです。」


駆け落ち…。

だからお母さんは私をこの屋敷に連れて来なかったんだ。