おれは小声で元カノにささやく。



「でも、態度って?」



元カノはホームの下を指さした。



「あそこに行くしかないでしょー」



命をかける、ってさっきの言葉を態度で示すってことか。



いや、正しくは命をかけるふり、だ。





おれはその場から立ち上がった。



「でも、言葉じゃ伝わらないよね。だから態度で示す」



彼女が小さな声で訊いてくる。



「態度って?」



「もうすぐ快速電車が通過するから、そこに飛び込む。命かけるって言ったし、約束は守るよ」





「わー、ほんとに言っちゃったぁ。最後に足がすくむよ。わたしもだったけど」



元カノが口を挟む。



口には出せないが、



(足がすくむ、でなくおれは足が止まる、だからぜんぜん違うから)





「じゃ、行くよ」



おれは一歩一歩前に進んでいく。



彼女はその様子をじっと見ていた。



あとは、声をかけてくれるのを待つだけ。



のはずだったのに、肝心の声がかからない。



彼女の声がない限り、おれは止まれない。



仮にUターンしたらそこでジ・エンド。





おいおい。



もうすぐ足が、ホームの端にかかるって。



そろそろ、言ってくれ。



周りの人たちの視線まで感じ始めた。



もう、限界。



一旦、足を止めた。





そこで、彼女がやっと口を開いた。



「え? なんで止まるんですか?」



はっ?



なんでって見ててわからないん?



「やっぱり、足がすくむでしょー」



元カノも続けて言う。





構内放送が流れる。



「間もなく電車が通過します。ホームの内側に離れてください」





どうしたらいいんだ。



最初から付き合うつもりなんてなかった?



おれは単にもて遊ばれていただけか?



「あんな可愛い子、もう出会えないよー」



元カノが耳元でささやく。



たしかにそれは当たってる。



って、こいつはどっちの味方なんだ?





頭がぐるぐるまわって出た結論。



「ご、ごめん」



おれはまた言った。



「今度はなんのごめん、ですか?」



止まったまま話を続けた。



「本気で好きだよ、でも死ねない。本気で好きだから、きみと一緒に生きていたい」



彼女に許しを乞うしかなかった。



「みんなにあんなセリフ使ってたんですよね。命をかけるとかって」



「いや、それは違う!」



「嘘つき」



たしかに、言い過ぎたのは事実かもしれない。



でも、好きな気持ちは本当だし、付き合いたいと思ってる。





もう一度それを伝えようと振り返ると、目の前に、元カノが立っていた。



「うわぁ」



驚いた拍子に身体がのけぞり、ホーム側に傾く。



「あーあ、嘘ってバレちゃったね」



「た、助けてくれ」



元カノの手が伸びる。



おれも手を伸ばす。



(ありがとう、お前はいいやつ。あの女性はヤンデレだわ、やばいやつ)





これが普通の状況だったなら、



女性は男性を助けようとして手を伸ばした。



だが、女性の力では保たなかった。



そして男性はホームに落ちた、って感じに見えていただろう。



でも、元カノは周りには見えていない。



勝手におれがホームに飛び込んでいった様に見えたって?





いや、ちょっと待てよ。



おれの手は間違いなく伸びてきた手を掴んだ。



その感触がたしかにあった。



ただ、元カノは手首を手前でなく、線路内に向かってひねって押し出した。



おれの身体をホームに突き放した。





(なんで幽霊の手を掴めた?)



考えたときには、すでに目の前に電車の姿があった。



叫ぶ一瞬さえなかった。



身体は車両に巻き込まれて、グチャグチャに引きちぎられて構内に血と一緒に飛び散っていく。



その悲惨な様子が第三者になったかのように、おれにははっきりと見えていた。



おれが死んだ証だった。