茫然と見上げる私の瞳に映るのは……。この10年、私が恋い焦がれた人。
漆黒の愛馬ー黒炎ーに跨った、紅い夕陽のような色の髪と瞳の男性。

クウォンーー。
手には、血が付いた剣。
何人斬ったんだろう?
服や顔には、たくさんの返り血。

その姿を見て、身体が震える。
あんなに会いたかった筈なのに、脚が動かなくて、一歩も彼に歩み寄る事が出来ない。

「っ……。
迎えに……きてくれた、の?」

クウォンを見つめたまま、私はなんとか声を絞り出した。
彼は私を迎えに来てくれたんだ。と、自分に言い聞かせて……。


「……た、助けて……っ。
助けて、くれたん……だよね?」

きっと私が水の兵士達に襲われていると思って、クウォンは助けてくれた。
そうに違いないと必死に心の中で頷いて、私は震える足を彼の元へ進めようとした。


「ーーアクア!何をしているっ!?
その男から離れろッ……!!」

背後から聞こえたヨシュア兄様の声。
その声に思わずハッとして振り向くと……。誰かが私の首根っこをグイッと引き寄せ、そのまま強く羽交い締めにされた。

「っ……!?」

苦しい、痛い位に込められた力。
羽交い締めにしている人物が、私には顔を見なくても分かってしまう。
血の生臭さを消すような、良い香り。
何度も、私を抱き締めてくれた。私に安心をくれた、大好きな腕の中。

……それなのに、涙が溢れてくる。

私が振り返った瞬間に黒炎から飛び降り、羽交い締めにしていたのは、クウォン。

「っ……妹にこれ以上何をする気だッ!!
今すぐ放せ!炎の王子ッ……!!」

駆け付けたヨシュア兄様が、一定の距離を保ちながらクウォンに叫ぶ。

こんなの、何かの間違いだ。
きっと私は、悪い夢を見ているんだ。
……そう、思いたかった。