「おい、ウィル!お前どういうつもりなんだ!呼ばれればホイホイと王女のもとへ通って!屋敷にも全然帰宅してないそうじゃないか!」

 レオンが怒って執務室に入ってきた。この男といい、アークライト伯爵といい、ローズのこととなると血が上るようだ。

「今はまだ言えない。だが噂は事実無根だ」

 そう、噂は『エルフィストン公爵は王女に気に入られ、アークライト伯爵令嬢を捨てて隣国へ婿に行く』というものに発展してしまった。ローズのことを気に食わない輩が、勝手に幻想を噂話にして流しているようだった。
 
「分かっているさ!だけど、噂の真偽をきちんとローズにだけは説明しておけよ!」
「そうだな……」

 この騒ぎの中で、気づいてしまったのだ。私の側にいれば、こうして何か起きる度に彼女も噂話の的となり、好き勝手言われてしまうのだと。
 プロポーズの言葉でさえ、「胸を見せろ」と迫ってしまった口下手な自分。地位や魔力は備わっていても、人格者ではない。彼女はいつか自分に嫌気がさすのではないだろうか。そして、治癒魔法を私が身に着け、彼女の傷痕が綺麗消えてしまえば、彼女はこう思うのではないか、「自由だ」と。
 傷のせいで結婚できない、と思っていた彼女だが、あの天使のような花咲く笑顔を振りまけば、どんな男も振り向くだろう。腹立たしいが、キズモノではないと知れば、引く手あまただ。
 ならばこのまま──。

 傷痕を消してやりたいと願って始めた治癒魔法の訓練だが、いざ治せるかもしれないと思うと躊躇する心に気づいてしまった。自分勝手なその思いに戸惑い、最近は彼女を避けてしまっている。
 恐らくそれをレオンが嗅ぎつけたのだろう。小さくため息が漏れた。