マーガレット王女は魔力研究の権威で、隣国では、学者や魔力量の多い魔法の使い手を集めて日々研究をしているようだった。我が国へ行ってみたいと言い出したのも、魔力量や知識、魔法の使用方法、属性など、国によって差異はあるのか研究してみたいという動機だった。
 魔法研究については、我が国は決して先進国といえず、隣国と和平を結び情報を共有していく中で後れを取るわけにもいかない。したがって、「彼女の研究に助力した国」という肩書欲しさに首を縦に振るしかなかったのだ。

「貴方の魔力量、とっても多いわね。そして上質。妖精にも好かれているでしょう?」

 マーガレット王女にそう言われたのは、陸路で帰還中のことだった。

「3属性の魔法を使用出来ます。妖精は呼べば応じてくれる気安い者もおります」
「まぁ、とっても仲良しなのね」
「王女は治癒魔法が得意と噂で耳にしましたが」

 マーガレット王女といえば、魔力研究のほかに、治癒魔法を使った「ナミエスの奇跡」という逸話がある。南西にあるガイア帝国との戦で、多くの民が負傷した。その際、王女自ら戦地に赴き、得意の治癒魔法で数多くの民の命を救った、というものだ。

「そうね。私は治癒魔法が得意だわ。人の為になる魔法という点で気に入っているの。でも他の魔法も結構使えるわよ。自分で自分の身はしっかり守れるくらいにはね」
「……治癒魔法は、古傷にも使えますか?」

 何故そんな質問をしたのか、自分でもわからない。ただ、ローズが傷を気にしている様子をひしひしと感じている。服やドレスでしっかりと隠せているのに、彼女はたびたび傷痕のある右胸あたりを手で触るのだ。傷のせいで婚姻は難しいと思っているし、傷を負わせたことの責任感で私が求婚していると思い込んでいる。いつかローズの傷を癒したい、それは幼い頃からの望みだった。
 
「古傷ね……どれくらい前のものか、どのくらい酷かったのかにもよるわ。まぁ私にかかれば大抵の傷痕はつるつるになるわよ。エルフィストン公爵は何処かにお怪我でも?」
「いいえ……。我が国で治癒魔法を扱う魔術師は少なく、神官は生まれつき治癒能力に長けたものばかりで、良き指導者があまりいないのです。可能であれば、私が使えるようになりたいのですが、うまく習得出来なかったもので。習得出来れば、古傷であっても今まで治せなかったものが治せるかもしれないと」
「良い心がけね。いいわ、私が教えて差し上げます」
「!」

 こうして空き時間には王女と鍛錬をすることになった。しかし、未婚の女性と長い間二人きりで行動するわけにもいかず、王子を巻き込み三人で魔法訓練を行うようになった。王女はその代わり我が国の文献を好きなだけ読める、という交換条件だ。
 とはいえ、王子も私も未婚の為、噂は避けられない。彼女の提案で「王女はエルフィストン公爵を気に入っている」ということになっている。王子が相手だと外交的に破談になれば問題になるし、私が相手であれば「魔力量の研究材料として気に入った」と言い訳ができ、婚約披露パーティも控えているので、余計な噂を立てる者もいないだろう、と予想したのだ。

 しかし、その予想はことごとく打ち砕かれた。