会場へと続く廊下を歩いていると、ウィルの声がしました。帰宅してくれたことに安堵し、そちらに足を向けると、他の方の声も聞こえてきます。
「公爵様ったら、本当に私の国に来てくださらないつもりなの?」
「申し訳ございません」
そこは公爵家の客室で、どうやら噂の王女様がいらしているようでした。本来国賓といえるお方ですから、屋敷の者全員でお出迎えすべきでしょう。ですが、お二人で部屋にいるということは、極秘で転移していらしたのかもしれません。
ウィルは背中を向けていて表情が見えませんが、王女様の姿は見えます。ウィルと似ているけれど、もっと濃い、漆黒の美しい黒髪。美しいエメラルドグリーンの瞳。透き通るような白い肌。深紅の上質なシルクに豪華な刺繍が隅々まで施されています。さすが王女という風格、滲み出る自信と堂々とした佇まい。何もかもが私と違います。
「もったいない。あなたほどの魔力があるのなら、我が国で魔法研究をしたほうがさらに強くなれるわよ。新しい技術もきっと身につく」
「魅力的なご提案なのは存じています。だが、私は我がハレック王国でも権力者だ。そう簡単に国は捨てられません」
「爵位くらい我が国でも差し上げます。貴方が危惧しているのは別のことでしょう?」
「……」
ウィルが何か言ったようですが聞こえませんでした。そこにいてはいけない、私は聞いてはいけないと思い、その場を離れます。
王女様は、ウィルを隣国に連れていきたいと仰っているようでしたが、ウィルは断っている様子でした。
ウィルはきっと、婚約者がいる立場で他の女性に愛をささやくようなタイプではない気がします。私という存在が、彼らの愛を邪魔しているのかもしれないのでは……?
そう思うと、何も考えられず、私は会場ではなく庭園の方へフラフラと歩いてゆきました。



