ハレック王国南部は、隣国セシリア国と国交が盛んな商業地域だ。気温が高く作物が育たないので、砂漠を抜け入国してくる者向けに宿屋や飲食店、露店などから始まり、商業が栄えてきた。つまり、隣国からの客に支えられている街だ。

 当然王都から遠く、国王の庇護も感じにくい土地柄で、隣国とは交易が密。となれば、内乱の根源となることも一度や二度ではない。次期国王である幼馴染は、この問題を重要視しており、この地の辺境伯を信頼できる騎士に任せることにした。

 今回はその騎士より、『内乱の疑い有り』と連絡があり、我々王都の魔術師をはじめとする王軍が派遣されたのである。
 しかし実際の任務といえば、辺境伯を無視して暴動を企む弱小貴族の弱みをつついたり、隣国セシリアとの調整など、細かな雑務が多い。戦闘となれば一撃で消滅させてやるものを。

 最愛のローズとついに婚約式を挙げた。両親は呆れていたが、適当な理由をつけて結婚式を待たずに彼女を公爵家に住まわせることにしたというのに。早速の遠征で気が立っている。

 会えないことが辛く、地味な職務で手紙も書けない日が続き、単身転移してローズの元へ行こうとした。だが、一緒に遠征について来た王子の警護が手薄になるだとか、魔法による攻撃に遭ったら困るだとか、難癖をつけられて止められた。
 要するに、皆帰りたいので抜け駆けするなということだ。私はますます苛立ちつつも、辺境の内乱を食い止めるべく任務をこなしていた。

 そんなところに、公爵家からの使者が定期連絡にやってきた。

「ミモザの栞?」

 公爵家専用の「影」であるダンから話を聞いて私は眉を釣りあげた。「影」の存在は父上と私しか知らない。
 そのはずが、こいつときたらローズに挨拶をしたそうだ。その時にお近づきの印とか何とか言ってローズが花の栞を手渡ししたのだとか。私はまだ、ローズから栞をもらったことなどないのに!

「さようでございます。こちらです。あ、これは私の分なので差し上げられませんが。」
「はぁ?!」

 もったいぶるように、ダンが栞を取り上げた。大事そうに胸にしまう。その仕草に腸が煮えくり返る。この男、「影」のくせに自由なところがあるため、面白がってやっているに違いない。私の反応が珍しいのだろう。だが、やって良いことと悪いことがある。

「いまや屋敷の使用人全員のお名前を覚えられ、全員がこの栞をもっております。奥様にみな忠誠を誓い、お守りしておりますので、ご安心を。」

 そう言われ、繰り出そうとしていた魔力の塊をすっと引く。これだけの殺気にも当てられず、ヒョロリと立っていられるのはさすがである。
 使用人全員に配られた栞、ダンにとっては公爵家を脅かすものではないか調べる必要があったのだろう。だからといって「影」自ら正体を現すとは。