物心がついた時には、公爵家の跡取りとして厳しい教育が施されていた。

 父上はアークライト伯爵に負けないくらいの愛妻家で、母上しか愛する人はいないと頑なに妾は持たなかった。そして長年願い続け、やっと授かった、たった1人の息子。それが私だ。
 皆の期待を一身に受け、愛情も注がれ、それに応えようと自らも努力を重ねてきた。

 私には公爵家の誰よりも魔力があるらしく、生まれつき水と風の魔法が使えた。水、火、土、風の4属性のうち、2種類扱える魔法使いは、王国内に数えるほどしかいない。その為、王宮魔術師候補として、魔法訓練は幼い頃から厳しかった。
 魔法が上達するのは、楽しくもあり、また、私には息がつまることもあった。

 その暮らしの中での癒しが、ローズだ。
 私が伯爵邸を訪れると、レディとは思えぬ足音をパタパタと鳴らして駆けてくる。

「ウィル!いらっしゃいませ!待ってたのよ!…あ、間違えた!」

 そしてギリギリで思い出し、「ごきげんよう、ウィリアム様。」と淑女の礼をその小さな身体でするのだ。その様のなんと可愛らしいこと。

 彼女が歩くようになり、喋るようになり、その成長を見守っては可愛らしい姿に癒されていた。そして、その綺麗で美しい穢れのない瞳が、まっすぐに自分に向いているのがとても心地よかった。

「ウィル!お花をあげるわ!私はお花の魔法が上手なのよ!」

 彼女は幼い頃から花魔法が得意だ。驚いたりすると無意識に花がそこら中に咲く。その様も華やかで面白く、彼女を喜ばせたい、驚かせたいと躍起になった。彼女に会うときに、必ず流行の菓子を持参するのもその作戦の一環だ。

「お菓子大好き!ウィルもだーいすき!」

 無敵の笑顔が咲く。可愛い。伯爵家の皆から愛され、大事にされ、まっすぐに育っていく彼女を、自分も側でずっと見ていたいと、いつしか自然に願うようになっていった。
 だが、公爵家の跡取りとして、その想いを無邪気に表には出せなかった。

「いつもお菓子をありがとう!お礼のお花よ。ローズのお名前と同じ薔薇です。」
「ありがとう。私は、薔薇の花が一番好きだ。」

 そう言うと、小さなレディはとても嬉しそうに笑って大量の花を咲かせた。そして、それから彼女はよく私に薔薇の花をプレゼントしてくれるようになり、お菓子と薔薇のプレゼント交換は数年続いていた。