昼は労働をしているので、修道院の聖堂に修道士や修道女は来ない。
 けれど一方で、修道院や聖堂は前世で言う駆け込み寺なので、人が入ってくることを止めてはいない。だから、愚痴を言いに来る人が聖堂に来ることに問題はない。

(とは言え、話をしに来た人と話を終えた人が顔合わせたら気まずいかもだから、とりあえず入り口から相談部屋まで衝立並べてみたけど……まずは、これで様子見かな?)

 余談だが、何故衝立があるかと言うと入浴の習慣こそあるが、あいにくガスはないのでお湯を浴槽に運ぶシステムだ。それ故、運ぶのが大変なのと一人ずつ入ると時間がかかるので、入浴の時は厨房の隅に湯桶を置き、衝立を立てて数人ずつ、交代で入るのである。入り終えたお湯は翌日、厨房の清掃や洗濯に使うので、良く出来たシステムだと思う。

(平民になるから、お風呂はどうかと思ったけど……温かいお湯で、毎日入れるだけありがたい)

 最悪、週に一度や水で行水も覚悟していたので、ここが乙女ゲームの世界で本当に良かった。ガチの中世ヨーロッパだったらもっと過酷だった。
 話が逸れたが、闇魔法での影人形を使って衝立を並べた。あと直接、顔を見ながらだとお互い気まずいのでこちらは闇魔法で壁のように仕切った。普通の衝立にしなかったのは万が一、相談者が暴れたりした時にしっかり防ぎ切る為である。

(コールセンターも、お客様の情報守ったり、直接乗り込まれたりしないように、場所は非公開にしてたしね)

 とは言え、初日にどれくらい来るか解らないので繕い物を持ってきた。話をする者が来たら、用意してあるベルを鳴らして貰うよう、椅子の横の壁に張り紙をしてある
 そう思いながら、私が外側のドアから部屋の中へと入ろうとした時だ。

「……イザベル様っ!」

 背後から声がした、と思った途端に腕が引っ張られ、私の手から裁縫道具が落ちた。
 ……驚いて振り向いた先には、怒ったように顔を顰めている(ケイン)がいた。

「ケイン、様……?」
「どうか……どうか、お考え直しを! 仮にも侯爵令嬢が、貴族だけではなく平民まで相手をするなんてっ」
「……でも、放っておけません。ケイン様方のように、悩みを口に出すことで楽になれるのなら」
「だから……そもそも何故、僕……いえ、僕達以外の者に!?」

 ……距離を置こうとした場合、こういう風に拒否反応が出る『かも』とは思っていた。声だけのやり取りでも『優しくされた』と言って、指名など出来ないのに何度も電話をかけてくる者がいたからだ。
 だが暴風雨(アルス)脳筋(エドガー)ではなく、(ケイン)と言うのは想定外だったし――子供だと思っていたが、こうして向き合うと目線など変わらないし、何より掴まれた手が痛い。

(痛いし、怖い……猪でもうり坊だと、甘く見てた……でも、動揺してるのがバレて逆に勢い付かれても)

 いや、それ以前に声が出ない。現世の私(イザベル)が急に怒鳴られ、しかも言葉だけではなく直接、乱暴な行動に出られたのにすっかり怯えてしまっている。
 しかし、とにかく話をして現世の私(イザベル)を守らなければ――そう思っていた私の体が、不意に逆方向へと引き寄せられた。

「……聖女様から、離れて下さい」

 顔は見えない。だけど、私にそっと腕を回してそう言ってくれたのは、ラウルさんだった。