家畜の世話は、冬の間も交代でしていた。
 とは言え、やはり外の暖かさや陽射しなどは冬と違う。春になったのだとしみじみ思いながら、私は闇魔法で作った人形を操りつつフォークを使って家畜小屋の清掃をしていた。

(そう言えば、前にこうして掃除をしてたら、暴風雨(アルス)が……あ)
(カナさん?)
(いや、何かこういうの、フラグになるかなって)
(フラグ?)

 現世の私(イザベル)の問いかけに、前世の私(加奈)は答えた。当然、前世の考え方なので、現世の私(イザベル)は意味が解らず、不思議そうに首を傾げる。

(まあ、でも暴風雨(アルス)は……アポなしはあるけど、怒鳴り込んでくることはないし。そんな暴風雨(アルス)を経由することになってるから、他の二人がいきなり来ることはないし……ありがたいことに、(ケイン)経由で断ってから王太子も来てないし)

 なんて考えながら、私は古い敷料(布団やトイレ代わりに敷いている藁など)を掃除し、新しいものを補充した。そんなわたしに、不意に背後から声がかけられる。

「イザ……お姉さまっ」

 修道院にいる幼女は、自分だけだ。それなのに聞こえた幼い女の子の声と内容に驚き、闇の魔法人形に抱えられたまま振り返ると去年、一度会っただけの異母妹がいた。波打つ髪は光の加減でピンクに見える、ストロベリーブロンド。大きな瞳は、澄んだ青――確か、名前は。

「……エマ?」
「っ!?」

 ローラから聞いた名前(現世父から聞いたかもしれないが、前世の記憶が甦ったショックと、現世の私(イザベル)を庇うのでいっぱいいっぱいだったので覚えていない)を口にする。
 それに、ハッと息を呑んだかと思うと――エマは祈るように両手を組み、いきなりその場にしゃがみ込んだ。まだ家畜小屋に入っていないが、外は外である。エマが着ているドレスの裾が気になり、私は慌てて魔法人形に降ろして貰って駆け寄った。
 そんな私の耳に届いたのは、すごく早口なエマの呟きだった。

「やだ、イザベル様に名前、呼んで貰っちゃった……いや、エマなんだけど。でも、ゲームでもわたしがエマだったから、ありだし。てか、シスター姿の幼女、可愛すぎか! 何か、ゆるキャラみたいなのに抱っこされてるし……しかも編み込みとか、レアスチルゲットだぜ! って落ち着け、わたし。今日は、フラグを折りに来たんだからっ」
「…………」

 どうしよう、ツッコミどころが多すぎる。
 けれど、これだけは言わなければならない。そう心の中で結論付けて、私は口を開いた。

「ドレスが汚れたら大変だから、あちらで話しましょうか?」