おまじないのおかげで、今朝も無事起きられた。そして先程、ビアンカ様の水魔法やアントワーヌ様の風魔法を見て元気が出た。
 ……と、言うことにしておこう。そう私は、自分の中で結論付けた。

(教会って、つまりは本社ってことよね? 本社の施策になっちゃうと、平社員には逆らえないわよね)

 マスコットガールと言うと何だか軽い気もするが、貴族の美幼女とくれば広告塔に抜擢したくなるかもしれない。
 やれやれと思いつつも、私は家畜小屋に移動した。そして、いつものように影を使って持ち上げて貰いながら、藁をかくフォークを持って家畜小屋の清掃を始めた。

「君が『聖女』か?」
「……っ」

 すると、背後から聞き慣れない声がした。
 咄嗟に息を呑んでから、自分がそんな反応をしたことに少し戸惑う。

(えっ、何で?)

 振り返ってみると、そこに立っていたのは十五、六歳くらいの――格好は男性だが、女の子にしか見えないくらい綺麗な子だった。とは言え、真っ直ぐな髪は肩くらいで切り揃えられていて。女性が髪を短くするのは修道女だけなので、男の子だと思う。
 月光のような銀髪と、すみれ色の瞳。宝石のように綺麗なその瞳は、けれど鋭く私を睨みつけていた。

(え、何で私、睨まれてるの?)
(……カナさん、この人、こわい)

 戸惑う私に、現世の私(イザベル)の声が重なる。
 瞬間、私は悟った。私自身が人見知りと言うのもあるが、今、目の前の相手を怖がって反応しているのは現世の私(イザベル)だ。
 そして現世の私(イザベル)は、日本で平和に生きていて新しい環境や知らない相手に対する緊張から、人見知りになった私とは違う。
 年こそ幼いが、悪意や敵意を向けられながら育っている。そして前世の私(加奈)にとっては子供、しかも美少年だけど現世の私(イザベル)からすると年上で、睨みつけてくる怖い相手なんだ。

(だったら……私が、現世の私(イザベル)を守らないと)

 そう、母親亡き後、愛人母娘を連れてきた父親から守ったように。
 固く心に誓いながら、私は影に地面へと降ろして貰い、目の前の少年にカーテシーをした。

「……そう、呼ばれてはおりますが。私は、ただのイザベルです」

 そして頭を下げたまま、正直に答えると――頭の上から、ぽつりと呟きが落ちてきた。

「ズルい」
「……?」
「あと二年すれば、私が『聖者』と呼ばれる筈だったのに……何故、君は子供なのに、私の居場所を奪うんだ?」
「えっ……」
「しかも、私は光属性なのに……君は、闇魔法のくせに大きな顔をしてっ。ズルい……君は、ズルい!」
「っ!?」

 この小顔に、そんな失礼なことを言うなんて何事だ。ちょっと綺麗な顔をしているからって、生意気を言うな。
 そう言いたかったが、実際は相手が泣きそうな表情(かお)で責め立ててくるのに、私――と言うか、現世の私(イザベル)がすっかり呑まれて口を噤んでしまった。いや、脳内では同じく泣きそうな声がするのだが。

(カナさん、私、この人の居場所を……)
(落ち着いて、イザベル!)
(でも……私にはカナさんがいるけど、この人には)

 生まれ育った家で、居場所がなかった現世の私(イザベル)だからこそ、少年の言葉に心が抉られてしまっている。
 前世の私(加奈)としては、知らない少年より現世の私(イザベル)の方が大事だが――大事だからこそ、下手に少年に言い返すと現世の私(イザベル)も傷つけそうで反論出来ない。
 それに父親の時も解らないままだったが以前と違い、万が一間違えた時に今度は修道院からは離れられない。

(どうしよう、どうしよう……どうしよう!)

 すっかり途方に暮れた私を助けてくれたのは低い、けれど聞き慣れた声だった。

「アルス、お前は……久々に戻ってきたと思ってきてみたら、何を馬鹿やってるんだ?」
「……ラウル」
「馬鹿を馬鹿と言って、何が悪い」

 そう言うと、少年――アルスさんに名前を呼ばれたラウルさんは、キッパリと言い切った。