ヒロイン視点



 わたし、ヒロイン・エマがセルダ侯爵家に引き取られて三ヶ月。
 わたしは、家庭教師から淑女教育を受けていて――前世の記憶があったことを、心の底から感謝した。

(侯爵家だからって媚売ってくるか、逆にビシバシ厳しいか……高低差が激しすぎるっ!)

 これは、平民の幼子(おさなご)には荷が重過ぎる。この世界には義務教育なんてないので、字の読み書きすら出来たらすごいレベルである。
 製作者に、そんな認識はなかったかもしれないが――ヒロインへの淑女教育が十六歳の年、魔法学園に入ってから行われたのは正解だろう。甘やかされて調子に乗るか、扱かれ過ぎて性格が歪む。それだと、そもそもヒロインとして成立しない。

(そう考えると、イザベル様は……立場的にはライバルだけど、言ってることは正論だった。はぁ、何て気高い)

 荒んだ心に癒しを求めて、わたしは推しキャラであるイザベル様に思いを馳せる。
 しかも、両親や使用人達に好意的に受け入れられているわたしとは違い、イザベル様は周囲から疎まれていたのだから。

(あ、でも)

 父親の乳母であるローラだけは、今でもイザベルの部屋を定期的に掃除して維持している。いつ、彼女が帰ってきてもいいように。

(イザベル様退場で、展開が変わってきてるのかな?)

 それに、とわたしは今朝の食事の時、父親から聞いた話を思い出した。



「何でも、アレが噂になっているらしい」

 昨日、母親を連れてパーティーに出かけた父親からそんな話を聞いた。アレという言い方は何だが、おそらくイザベル様のことだと思われる。
 顔を見る限り、怒ってはいないようだが――どう反応すれば良いか解らないという感じの、微妙な表情だ。

「……お姉さまの、ことですか?」
「ああ……修道院で新しい魔法の使い方を広めて『聖女』と呼ばれているそうだ」
「えっ?」

 乙女ゲームでは設定やイベントの課題として出てくることはあったが、ヒロインがバンバン魔法を使ったり、バトル展開になることはなかった。
 そして現世では、魔法は攻撃や防御のみで使うという、前世の魔法より物騒なイメージがあり。更に貴族の令嬢や令息で六歳、平民では十歳で魔力判定をする。だからわたしが光属性だとバレたのは、侯爵家に引き取られて令嬢教育を受けてからだ。

(光属性がレアってことを考えると他のキャラはともかく、ユリウス様の婚約者が光属性のわたしじゃないのって少し不思議だけど……まあ、ゲーム通りだと淑女教育されてないから候補になるのも無理だろうし。そもそも、イザベル様の方が相応しいのは事実だし!)

 そう結論付けたところで、父親の微妙な表情の理由に気づく。放置していた娘が評価されることで戸惑っているか、変なこと(遠回しの嫌味かなど)を勘ぐっているのだろう。

「お父さま。お姉さまは、すごいのですね」
「……母親と、同じことを言う。二人とも、優しいな」

 別にそこでこちらを上げなくても、と思うが父親の中ではそれでイザベルの話題は終わったらしい。
 その後、わたし達母娘の賛辞に変わったことを思い出し、何だかな、とため息をついたところで、わたしは別なことを思い出した。

(この世界は、民の為にある教会と修行の為の修道院が分かれてるけど)

 攻略キャラの一人に、ヒロインと同じ光属性を持つ教会関係者がいたことを。