「消しゴム……?」

あの、寒い雨の日のことを思い出す。窓を叩く雨粒。諦めたような声。差し出した消しゴム。

「今日……何の日か知っていますか?」

「今日~?えぇー、分からない。今日何かあったっけ?」

「リリカちゃんの17回目の誕生日です」

「えっ、リリカの~?そうだっけ?知らなかった~」

リリカちゃんのお母さんはお酒臭い息を吐きだしながら何も楽しくないのに笑う。

「失礼します」

頭を下げると、リリカちゃんのお母さんが「待って」と私を呼び止めた。

「リリカに会ったら、今日は帰ってこないでって伝えて。たっくん、ちょっと疲れてるみたいだから」

あ然とする私をその場に残してリリカちゃんのお母さんは階段をゆっくりとした足取りで昇っていく。

酔っぱらっているのに、よくもまあ転がり落ちずに昇れるものだと心の中で皮肉る。

今日が娘の誕生日だと知って、どうして「帰ってこないで」と言えるんだろう。

どうして、そんな酷い仕打ちができるんだろう。どうして。どうして。どうして。

怒りが沸き上がると同時に、リリカちゃんのことが心配でたまらない。

今までもこんなひどい仕打ちを受けていたんだろうか。

いったいどこにいるんだろう。

リリカちゃん――。待ってて。私、必ずリリカちゃんを探し出す。

私は駆け出した。息が切れることもお構いなしにただリリカちゃんのことだけを考えながら走り続けた。