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 さてと、そろそろ戻らないと朝一番の予約のお客様の施術に間に合わなくなってしまう。私はお墓に手を合わせ、伏せていた顔を上げた。

「お祖父ちゃん、お母さん行ってくるね」

 愛来はお墓に手を振りその場を後にした。



 私の名前は井上愛来(いのうえあいら)二十三歳

 丸顔の童顔だが、黒髪は艶やかなストレートのセミロング、大きな目は母親譲りのパッチリ二重で、それなりに悪くない容姿だと思っている。

 昨年大学を卒業し、鍼灸師の資格を取った。祖父の残してくれた鍼灸院をリホームして近所のおじちゃんおばちゃん達の憩いの場となる場所も提供している。

 鍼灸院と聞いて、じじくさい、ばばくさいと思う人達、それは間違いなのです。最近の鍼灸院はとってもお洒落です。木や黒を基調とした部屋でアロマを焚いてリラックス出来る空間は最高です。それに針は大人だけでなく、子供や赤ちゃんにも使います。針を使わない針があるんですよ。赤ちゃんにそれを施術すると、あら不思議夜泣きが落ち着くんです。針に興味が出てきましたか?

では、続きをどうぞ。

 愛来はリホームした待合室を大きくして、丸くて大きなテーブルを置き、お茶やコーヒーなども自由に飲めるようにした。するとテーブルの上にはいつもお客様達が持ち寄せたお菓子や漬物などでいっぱいになった。

 ここに来る人達はほとんどが常連さんだ。施術が終わるとほとんどの人達がそのまま残り、話に花を咲かせる。

 お昼はそんな人達と一緒に摂る。だれかしら必ずおにぎりや、おいなりさんといったご飯物も用意してきてくれるため、みんなで一緒に昼食を摂る。賑やかな食事は食欲を誘い、いつも沢山食べ過ぎてしまう。

 母が亡くなってから寂しいこともあったが、こうして沢山の人達に囲まれ愛来は幸せに過ごしていた。



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 お墓からの帰り道必ず寄る場所、それはこの神社。ここは祖父と良く来ていた神社でもある。

 この神社は鳥居の下にカヤを使った人が一人、余裕でくぐれるほどの大きな輪がある。

 これは茅の輪(ちのわ)くぐりと言って、カヤなどで作られた大きな輪をくぐりながらお参りをするもで、神社によってお参りの仕方は違うが、ここでは輪をくぐって左回り、右回り、左回りしてからお参りする。

 愛来はいつものように、左回り、右回り、左回り、と茅の輪をくぐったその時、いつもあるはずの地面が消え、暗闇へと落ちていった。


 うそ……うそでしょーー!!

 その時愛来の横を白い靄の様な物が通りすぎていったが愛来はすぐに意識を手放してしまった。