「えっ」

「なに?」



 教室の空気がざわっと揺れる。

 目を開けて、音のした方向を見ると、高折くんが自分の机に手をついていた。



「……蓮?」



 永峰さんがつぶやく。



「じゃあおれが、こいつの代わりに言うよ」

「え……」

「謝れ。絵をやぶったこと。ちゃんと謝れ」



 永峰さんが、唇を震わせながら高折くんをにらむ。



「なんなの? またわたしが悪者? なんでみんなこの子の味方するわけ?」



 永峰さんの声が教室中に響く。



「なんでよ! わたしは思ったこと言ってるだけじゃん! この子はなんにも言わないじゃん! 言わなきゃいいの? 言いたいことも言わないで、おどおどしてごめんなさいって謝ってれば、みんなちやほやしてくれるの?」



 永峰さんがわたしの、プラスティックのペンケースをつかんだ。

 そしてその手を高折くんに向けて、大きく振り上げる。



「やめっ……」



 わたしの声が届く前に、ペンケースは高折くんの頬に当たって、床に中身がばらばらと飛び散った。



「謝りゃいいんでしょ! やぶったのはわたしです! やぶってごめんなさいねっ!」



 永峰さんが走って教室を出ていく。

 何人かの女の子が永峰さんを呼びながら追いかける。



「ヤバくね? あれ」

「永峰、マジでブチキレてんぞ」

「こえー」



 男子たちのひそひそ声が聞こえる。

 高折くんはその場にしゃがみこみ、床に散らばったシャーペンや消しゴムを拾いはじめた。

 わたしも席を立ち、一緒にそれを拾う。

 こちらを見ていた生徒たちは、なんとなく見てみぬふりをして、ばらばらと自分の席へ散っていく。



 わたしは黙ったまま、高折くんと一緒に落ちたものを拾い集めた。

 謝ったらいいのか、お礼を言ったらいいのか、わからない。

 なにを言っても、わたしはもっと、永峰さんを怒らせる。

 そして永峰さんと高折くんの仲がこんなふうになってしまったのは、間違いなくわたしのせいなんだ。