高折くんと一緒に家に入った。

 どうしてすぐに、入ってこなかったのか。

 あのままどこかへ行ってしまおうと思ったんじゃないのか。

 聞きたかったけど、それは聞けなかった。

 高折くんが靴を脱いだのを確認すると、わたしはぺこっと頭を下げて言った。



「昼間は……ごめんなさいっ」



 高折くんがわたしを見ている。恥ずかしくて顔を上げられない。



「そんなこと言うために……待ってたの?」



 ゆっくりと顔を上げたら、高折くんが顔をそむけて言った。



「別にいいよ。もう」

「あのっ」



 歩きかけた高折くんの腕を咄嗟につかんだ。

 ミルが驚いて床に飛び降り、わたしもあわてて手を離す。

 高折くんは立ち止まり、わたしに振り返った。



「あの……わたしと冬ちゃんのこと、心配してくれたんだよね? それなのにわたし……」

「だから……もういいって」

「よくないっ」



 思ったよりも大きな声が出てしまい、わたしは口元を手で押さえる。

 お母さんが起きてしまったら、面倒だ。

 高折くんはまたわたしの顔を見る。



「わたし……うれしかったから……」



 薄暗い廊下で、小声でつぶやく。



「あのとき、うれしかったから。だからこれからはちゃんと言う。手伝って欲しいときは手伝って欲しいって、ちゃんと言う」



 高折くんはじっとわたしのことを見下ろして、それから困ったように首の後ろに手を当てた。



「いや……おれも悪かったし……」

「え?」

「おれも……すねたような態度とって悪かった……ごめん」



 ごめん……わたしは高折くんのその声を、頭の中で繰り返す。

 気づいたらふたり、廊下の真ん中で向かい合っていて、どちらともなく視線をそむけた。



 高折くんは「じゃ」と小さくつぶやくと、背中を向けてお風呂場に入っていった。

 わたしは深く息をはく。

 いまごろになって、心臓がすごくどきどきしてきた。



 お風呂場からシャワーの音が聞こえてくる。

 ミルはドアの前で鳴いている。

 わたしは「おやすみなさい」と小声でつぶやいて、階段をのぼった。