家に帰っても、高折くんはいなかった。

 お母さんが帰ってきて、夕食を作ってくれる。

 お父さんも帰ってきて、三人でご飯を食べる。

 今までずっと繰り返してきた日常。

 それなのになんだか変な感じ。

 わたしの右側に、高折くんがいないからだ。



 お風呂に入ってパジャマに着替えて、部屋に入った。

 冬ちゃんから借りた漫画を読んで時計を見たら、もう十一時近かった。

 高折くんのバイトは十時まで。

 自転車で三十分くらいかかるみたいだけど、それにしても遅い。

 どこかで遊んでいるのかな。昼間のこと……ちゃんと謝りたいのに。



 カーテンと窓を開けて外を見た。

 道路には薄暗い街灯のあかりが、ぼうっと光っている。

 しばらく外を眺めていたら、一台の自転車がブレーキの音を立ててうちの前で止まった。



「あ……」



 高折くんが帰ってきた。

 だけど自転車から降りても、なかなか門の中へ入ってこない。

 どうしたんだろう。

 高折くんはぼんやりと、その場に立ちつくしている。

 その姿を見ていたら、今にも高折くんが、どこかへ行ってしまうような気がした。



 そのとき、いつのまにか部屋に入ってきたミルが、ぴょんっと窓枠に飛び乗った。

 そして網戸に飛びつくと、爪をガリガリと立て、それをカラリと開けた。



「あっ、ミル!」



 本当に、あっという間の出来事だった。

 自分で網戸を開けたミルは外に飛び出し、一階の庇や庭の木に次々飛び移っていく。



「ミル!」



 わたしは窓から叫んだあと、部屋を飛び出した。

 階段を駆け下り、玄関ドアを開ける。

 門の向こうに立つ高折くんが、驚いた顔でわたしを見た。



「高折くん……」



 高折くんの胸にはミルがいた。

 すりすりと甘えるようにすり寄っている。

 よかった。ミル、無事だった。

 それに高折くんも……ちゃんとそこにいた。



「あ、あの……おかえりなさい」



 高折くんはしばらく黙っていて、それから小さな声でつぶやいた。



「ただいま」



 その声と同時に、ミルも「にゃあ」っと低く鳴いた。