「あのさ」



 高折くんが段ボールを見つめたままつぶやく。



「無理なことは断れよ」

「え……」



 わたしは顔を上げて高折くんを見た。



「みんな楽しいことしかしたくないって思ってるから。面倒なことはたいてい、おとなしい人が押し付けられる」

「わたしは……」



 目の前にいる高折くんに言う。



「べつに嫌じゃないよ。絵描くの好きだし。押し付けられたとか、思ってないよ?」



 顔を上げた高折くんと目が合った。

 心臓がどきんとする。



「ああ。そう」



 高折くんが立ち上がった。



「じゃあ、おれが手伝わなくてもいいか」

「え……」

「おれ、絵描けないし。必要ないな」



 もしかして怒ってる?

 心配してくれたのに、わたしが反論するようなこと言ったから。



「あのっ……」



 高折くんが背中を向けて歩き出す。



「待って!」



 高折くんは、わたしからどんどん離れていく。

 わたしは立ち上がって、その背中を追いかける。



「待って、高折くん!」



 突然目の前の白いワイシャツが立ち止まった。

 勢い余ったわたしは、高折くんの背中に激突した。



「いった……」



 鼻、思いっきり打った。痛い。



「なにやってんの? 矢部さん」



 大きな声が聞こえる。

 あれは……新名くんの声だ。



「大丈夫?」



 新名くんが笑っている。

 他の男子の笑い声もそれに加わる。

 手で鼻を押さえて顔を上げると、振り返った高折くんがわたしを見ていた。



「矢部さん、顔真っ赤。かわいー!」



 新名くんがそう言った。

 高折くんはなにも言わないで、じっとわたしを見下ろしている。

 そしてその向こうに、永峰さんや女の子たちの視線。



 もしかして、わたしいま目立ってる?

 目立ちたくなんてないのに。

 わたしはただ、この教室の隅っこで、淡々と毎日を過ごせればよかったのに。



 わたしはくるっと高折くんに背中を向けて、その場から駆け出した。

 恥ずかしくて、もう教室にはいられなかった。

 高折くんはそんなわたしに、やっぱりなにも言わなかった。