「おれが嫌なんだよ」

「はぁ?」



 永峰さんが顔をしかめる。



「お前の隣はおれが嫌なんだ。授業中、これわかんない、これ教えてって、ずーっと聞いてくるだろ。特に数学。それウザい」



 そばにいた新名くんが、くくっと笑う。

 永峰さんは顔を真っ赤にすると、高折くんの持っていた雑誌を取り上げ、後ろのロッカーに投げつけた。



「もういい!」



 永峰さんがすたすたと去っていく。

 そしてこっちを見ていた女子のグループに合流し、けたたましく文句を言っている。



「こえー、永峰。キレるとすぐモノ投げるとこ、ガキの頃から変わってねーな」



 新名くんが声を押し殺して笑う。



「でもお前もバカだそ? あんなこと言ったら、女子の皆さんからの人気、ガタ落ちだって」

「べつに本当のこと言っただけだし。授業中はゆっくり寝かせてくれよ」



 高折くんが立ち上がり、腰を曲げて落ちた雑誌を拾った。

 そして席に戻るとき、一瞬わたしと目が合った。

 わたしはすぐに視線をそらす。

 新名くんがまた何か、高折くんに話しかけている。



 わたし、ここにいてもいいのかな。

 場違いなこの席に、いてもいいのかな。



 開いた窓から、秋の風が吹き込む。

 その風に乗って、やさしい香りが漂ってきた。

 金木犀の香りだ。



 チャイムが鳴って、授業がはじまる。

 黒板の前に立つ、先生の声。制服を着た、みんなの後ろ姿。

 新しい席は、やっぱりなんだか落ち着かない。



 ノートに落としていた視線を、少しだけ右に動かす。

 シャーペンを持つ、高折くんの左手が見える。

 高折くんが左利きだってこと、わたしはもう知っている。



 気づかれないようにそっと顔を上げ、隣を見た。

 ノートをとっている高折くんのまなざしは、休み時間に見る表情とは違い真剣だった。

 授業中はゆっくり寝たいなんて言っていたくせに……高折くんは嘘つきだ。



 静かに視線をノートに戻す。

 なんでだろう。心臓のどきどきが治まらない。

 甘い香りが漂う中、わたしは今日またひとつ、わたしの知らない高折くんを知ることができた。