「矢部さん」



 突然名前を呼ばれて驚いた。

 顔を上げると、わたしの机の前に永峰さんが立っている。

 永峰さんは腰をかがめて、わたしの耳元でささやいてきた。



「ねぇ、わたしと席、かわってくれない?」



 わたしは黙って永峰さんを見る。

 永峰さんはわたしに、番号の書かれた紙を見せる。



「わたしの席、冬野さんの近くだよ。矢部さん、冬野さんと仲いいでしょ?」



 わたしは永峰さんの持っている番号の席を確認した。

 その席は冬ちゃんの斜め後ろ。

 冬ちゃんはぽつんとひとりで、前を向いて座っている。



「こっそり交換しちゃえば、わかんないって。ね、かわってよ」



 永峰さんはわたしの手をとり、無理やり番号の紙をにぎらせた。

 どうしよう。たしかに冬ちゃんの近くには行きたい。

 でも……。



「そういうの禁止」



 隣から低い声が聞こえた。



「個人的な席の交換、禁止」



 はっと顔を上げて隣を見ると、前を向いたままの高折くんが言った。



「って、黒板に書いてある」

「なに言ってんの? 蓮」



 永峰さんが口元をゆるめる。



「べつにいいじゃん。わたしはこの席がいいんだし、矢部さんだって冬野さんの近くがいいでしょ? お互い好きな席に座れて、なんの問題もないじゃん」



 わたしは何も言えずにうつむいた。



「それにさぁ、矢部さんにはこの席、場違い過ぎると思うんだけど?」



 永峰さんがくすっと笑う。わたしは体を縮ませる。

 そうだ。高折くんの隣なんていう華やかな席、わたしみたいな子が座る場所じゃない。

 ここは永峰さんが座る場所。クラスのみんなも、きっとそう思っている。



「じゃあわたし……」



 永峰さんの番号を手の中で握りしめ、立ち上がろうとしたとき、高折くんが言った。