「だめ。下手だから」



 スケッチブックを抱えたわたしを、高折くんがじっと見ている。

 わたしはそんな高折くんの前で、息をはくようにつぶやく。



「自信が……ないの」



 高折くんみたいに、なんでも上手くできちゃう人にはわからないだろうけど。



「おれも、自信ないよ」



 高折くんはわたしから目をそらし、リモコンでチャンネルを変えながら言った。



「おれも、なんにも自信ない」

「うそ」



 思わず言ってしまった。だって高折くんはわたしとは違う。

 勉強はできるし、運動も得意だし、見た目もいいし、友達もたくさんいる。

 高折くんは適当にチャンネルを合わせると、リモコンを机の上に置く。



「うそじゃないよ。おれなんて、ビビりの意気地なしだし、いいところなんてひとつもない」

「絶対うそ! だって全然そんなふうには見えない」

「本当の自分を知られるのが恥ずかしいから、無理してカッコつけてるだけだよ」



 高折くんはソファーにもたれて、自嘲するように小さく笑う。

 何も怖いものなんかないように、いつもみんなの中で笑っている高折くんだから、そんなこと言われてもすぐにはピンとこないけど……でも少しだけ、わかる気もした。

 だってわたしは、小さかった頃の「蓮くん」を知っているから。



「あ、あの……お腹すいてない? 今日、お母さんたち、帰ってこれなくなっちゃったの。何かわたし、作ろうか?」

「食ってきたからいいや。風呂入ってくる。ミル、おいで」



 高折くんが立ち上がって、リビングを出ていく。

 ミルがあくびをしながら伸びをして、のしのしとそのあとをついていく。

 雨の音は、いつの間にか消えていた。

 高折くんの濡れたシャツは、だいぶ乾いてしまっている。



 ごめんね。ありがとう。風邪ひかないでね。

 心の中でつぶやいて、わたしはその背中を見送った。