「じゃあ」



 そう言って高折くんは、ミルをかついで背中を向ける。

 わたしは黙って、その後ろ姿を見送る。



「ああ、そうだ」



 リビングのドアまで歩いて、高折くんが振り返った。



「おれ、明日からバイト入ったから」

「え?」

「前住んでた家の近くのレストランで、バイトしてんだ。ずっと休んでたんだけど、明日からまた学校帰りに行く」



 そうなんだ。前住んでた家って、ずいぶん遠いって聞いたけど。



「だからもう、こんなふうにかち合うことはないから。心配しないでいいよ」



 わたしは、はっと顔を上げる。

 高折くんは少し笑って、すぐに背中を向けて出ていった。

 心配なんて……してないのに。



『やっぱりまだあの子、わたしたちに遠慮してるわよねぇ……』



 お母さんが言った言葉を思い出す。

 わたし、高折くんに気を使わせちゃったかな。

 高折くんはここにいていいのに。

 必要以上にびくびくしている、わたしのほうが悪いのに。



 わたしが高折くんの立場だったら……わたしのお父さんとお母さんがいなくなって、たったひとり、他人の家で暮らすことになったら……。

 想像しただけでじわっと目の奥が熱くなって、そのあと胸がすごく痛くなった。