「あのさ。おれの財布見なかった?」

「えっ!」



 その声に、さあっと冷や汗が流れ出る。



「家にあると思ったのに、どこにもなくて」



 高折くんはぼさぼさになった頭をなでながら、まわりを見回している。

 わたしはリュックの中から高折くんのお財布を取り出すと、勢いよく頭を下げた。



「ごめんなさい! 朝から持ってたんだけど、渡せなくて!」



 高折くんが驚いた顔でお財布を見ている。

 わたしはお財布を差し出したまま、心臓をどきどきさせる。

 どうしよう。どうしよう。ごめんなさい。ごめんなさい……。

 心の中で呪文のように繰り返していると、高折くんがわたしの前でふわっと笑った。

 そしてミルを床に降ろして立ち上がる。



「マジで? よかったぁ。どこかに落としたかと思って、超あせった!」

「え……」



 高折くんが、わたしの手からお財布を受け取る。

 持ってたならさっさと渡せよって、怒られるかと思ったのに。

 高折くんはお財布の中からお金を取り出すと、わたしに差し出した。



「はい、百円。ありがとな。おかげでプリンが食えた」



 おそるおそる伸ばした手のひらに、高折くんが百円玉をのせた。

 さっきわたしが渡したときより、何倍もゆっくりと。

 高折くんの指先が、わたしの手にちょっとだけ触れる。



「どう……いたしまして」



 目の前の高折くんが笑った。

 教室で見る、高折くんと同じだ。

 わたしはなんだかほっとして、泣きそうになった。