「ああ、お金ね。あれ?」



 後ろの方の席をちらりと見ると、高折くんがまたポケットをごそごそとやっている。



「やだぁ、またお財布忘れたのぉ?」



 そうだ、ポケットなんかにあるわけない。

 高折くんのお財布は、わたしのリュックに入っているんだから。



 今朝、わたしより先に出勤しようとしたお母さんが言った。



「蓮くんお財布忘れてるから、渡してあげて。ないと困るでしょ」



 また忘れたのか。

 玄関に落ちていたのを、お母さんが見つけたらしい。

 どうやら鍵は持っていったみたいだけど。



「む、無理」

「なに言ってるの? 同じクラスなんだからいいじゃない。簡単でしょ?」



 簡単じゃないのに。

 お母さんは何にもわかってない。

 それでもわたしはお母さんに、無理やり高折くんのお財布を持たされてしまったのだ。



「やべ、また忘れたかも」

「おい、お前、大丈夫かぁ?」



 大きな声でそう言ったのは、いつも高折くんとつるんでいる、新名(にいな)くんだ。

 短い黒髪をつんつんと立てている新名くんは、声が大きくてとにかく明るい。

 そして高折くんに負けないくらいカッコよくて、女の子にとても人気があった。



「ごめん。明日は必ず」

「蓮、もしかしてわざとじゃないの? わたしにお金払いたくないからってさ」

「ふざけんな。ちげーよ」

「いや、絶対そうだろ。財布忘れたってのも、あやしーぞ?」



 新名くんが高折くんに飛びついて、あちこちのポケットに手を突っ込む。



「うわ、やめろ、新名……くすぐったいって……」

「こいつ、脇腹弱いんだよ」

「じゃあわたしもくすぐっちゃおー」

「バカ、やめろって。お前らなー」



 新名くんと永峰さんが笑っている。

 高折くんも笑っている。

 わたしは完全にお財布を渡すタイミングを失った。