「これ、読む?」

「……うん」



 高折くんは小さな小さな声で答えて、わたしの手から絵本を受け取った。

 あの日、高折くんと過ごした時間は、今もぼんやりと頭の隅に残っている。

 わたしは目の前の本棚から一冊の本を取り出した。



「懐かしい……」



 あのとき、高折くんが読んだ本だ。

 迷子になった赤ちゃん恐竜がふわふわな雲に乗って、お母さんを探しに旅に出るという、わたしが大好きな絵本。

 怖いことや悲しいことがたくさんあるけれど、赤ちゃん恐竜は少しずつ強くなって、最後にはお母さんと再会できるってお話。

 高折くんはもう、覚えてないだろうけど。



 家が離れていたわたしたちは、小学校も中学校も別々だったから、その間まったく会うことはなかった。

 お母さんだけが、何度か高折くんの家に遊びに行っていた。

 そして高校に入学して少しして、お母さんから「蓮くんも同じ高校に通ってるらしいよ!」と言われて、わたしははじめて知ったんだ。



 一年生の中でもすでに目立っていて、女の子から騒がれはじめていたひとりの男子生徒。

 あの有名人が、おとなしくて人見知りだった、「蓮くん」だってことを。



 でもそれを知ったからといって、わたしの学校生活に変化はなかった。

 二年生になって同じクラスになったときは、ちょっと驚いたけど、わたしたちが会話をすることなんてない。

 だってわたしと彼は、まったく別の世界で暮らしていたから。