しっぽを立てて歩くミルのあとを、わたしたちはついて行く。

 空はもう暗くなっていて、あかるい星がひとつ、ひかっている。

 やがてオレンジ色のあかりが灯る、わたしの家が見えてきた。

 もうお母さんも帰ってきて、食事の支度をしてくれているんだろう。



 ミルは帰る場所がわかっているのか、迷いもせずに庭へ入っていく。

 だけど高折くんはその場に立ち止まった。



「高折くん?」



 高折くんは、ぼんやりと家のあかりを見上げている。

 いつか『あの家にいると息がつまる』と言われたことを思い出す。



「高折くん……」



 もう一度名前を呼ぶと、わたしの隣で高折くんがつぶやいた。



「おばさんに……謝らなきゃな」

「……昨日のこと?」



 高折くんがうなずいた。



『お願いだから……もっと自分のことを……大切にして』



 昨日聞いた、お母さんの震えていた声。



「おれ……こんなに周りのひとに大事にされてるのに……ほんと情けないよな……」



 高折くんは、自信がないから。

 自分に自信が持てないから。

 だから周りが近づこうとすればするほど、距離をおこうとする。

 そうやって、自分で自分を傷つけてしまう。



 わたしはそっと手を伸ばした。

 その手で高折くんの手をぎこちなく握りしめる。

 隣にいる高折くんが、わたしを見たのがわかった。

 だけどわたしは前を向いたまま、きゅっと唇を噛みしめる。



 ミルがわたしたちに振り返り「にゃあ」と鳴く。

 わたしはもう少し強く、高折くんの手を握る。



「好き……だよ?」



 喉の奥から声を押し出す。



「わたしは高折くんのことが……好きだよ?」



 高折くんがなんて言っても。わたしはやっぱり高折くんのことが好き。



「……うん」



 握った手を、高折くんは振り払おうとしなかった。



「ありがとう」



 そう言ってわたしの手を、遠慮がちに握り返す。

 はじめて好きになった人の手は、とても大きくてあたたかかった。