「きゃあっ」



 誰かの小さな悲鳴が聞こえる。

 新名くんはわたしの足元にしりもちをついた。



「蓮っ、てめぇ……」



 すぐに立ち上がった新名くんが、高折くんにつかみかかっていく。



「やめなよ! あんたたち!」



 どこからか駆け寄ってきた永峰さんが叫ぶ。



「やめなって!」



 けれどふたりはもう、取っ組み合いの喧嘩を始めていた。

 教室中がざわめき出す。チャイムが鳴って、先生が入ってくる。



「こらぁ! お前ら、何やってる!」



 先生の怒鳴り声がすぐそばで聞こえて、ふたりの体が引き離される。

 新名くんも高折くんも、制服のシャツがぐしゃぐしゃになっていて、全力疾走したあとみたいに息を切らしていた。



「お前らあとで職員室に来い。他の者も席につけ! 授業はじめるぞ!」



 先生の一声で、見物していた生徒たちがバラバラと散っていく。



「もうー! なにやってんのよ、あんたたち。小学生じゃないんだから、殴り合いとかやめてよね!」

「いてっ」



 頭をぺちんと叩かれた新名くんが、永峰さんに引っ張られていく。

 残された高折くんは、床に落ちたリュックを拾い上げ、黙って席に座った。



 わたしがぼんやりとそれを見ていると、高折くんがこっちを向いた。

 目と目が合って、心臓が痛くなる。

 高折くんは気まずそうに、わたしから目をそらした。

 わたしも椅子に腰を落とし、机の上に教科書を広げる。



「じゃあ昨日の続きからはじめるぞー」



 先生の声が遠く聞こえる。

 ペンケースからシャーペンを取り出す。

 だけどその手が震えていて、わたしは誰にも気づかれないように、深く息をはいた。