「母さんから……聞いてなかった?」

「なにを?」

「母さん、おれのこといろいろ……愚痴ってたんじゃないの?」



 お母さんがじっと高折くんのことを見つめる。

 高折くんはそんなお母さんに言う。



「おれは母親に迷惑ばかりかけてた、しょうがない息子だったから……だから母さん、おれを育てるのに疲れて……それで自分から車道に……」



 お母さんが立ち上がった。

 そして勢いよく、高折くんの座っている前まで行く。



「お母さん!」



 耐え切れずにわたしは飛び出した。

 高折くんの前に立つお母さんは、怒っているような泣いているような、わたしの見たことのない表情をしていた。



「蓮くん」



 お母さんはわたしに見向きもしないで、低い声で言う。



「いまの、訂正して」



 高折くんは呆然とした顔つきで、お母さんの顔を見ている。



「いまの言葉、訂正しなさい」



 お母さんのこんな声、聞いたこともない。



「あなたのお母さんが……昌江ちゃんが……そんなことするはずないじゃない! 大事な大事な、この世でたったひとりの息子を残して……そんなことするはずない!」



 わたしの目の前で、お母さんの手が大きく開く。

 そしてその手は、高折くんの体を包み込んだ。



「お願いだから、そんなこと言わないで……そんな悲しいこと……言わないで」



 お母さんが高折くんのことを抱きしめる。

 ぎゅうっと強く、抱きしめる。



「お願いだから……もっと自分のことを……大切にして」



 お母さんの陰に隠れてしまった高折くんが、どんな顔をしていたのかわからない。

 だけどお母さんの背中も、だらんと垂れた高折くんの手も、どっちも震えていたから……もしかしたらふたりとも、泣いていたかもしれない。