「……ただいま」



 のろのろと歩いて家に帰ると、キッチンからお母さんの話し声が聞こえた。

 誰と話しているんだろう。

 何気なく廊下からのぞくと、ダイニングテーブルに向かい合って、お母さんと高折くんが座っていた。



 どうして? 高折くんは二階に上がったはずなのに。

 戸惑って声をかけられずにいたら、高折くんの声が聞こえた。



「バイトには……最初から行ってなかったんです。ここに越してくるとき、辞めちゃったから」



 高折くんの前で、お母さんが小さく息をはく。



「やっぱり……そんな気がしてたのよ。だったら今までどこに行ってたの?」



 高折くんがうつむいている。

 高折くんがバイトになんか行ってないこと、お母さんにバレたんだ。



「ねぇ、蓮くん」



 黙ったままの高折くんの前で、お母さんが言う。



「蓮くんは、そう思えないかもしれないけど……おばさんは蓮くんのこと、本当の息子みたいに思ってる。だからなんでも言って欲しい。気に入らないことでも、文句でも、なんでもいいから」

「文句なんか、ないです」



 高折くんが下を向きながらつぶやく。



「文句なんかないから……おばさんもおじさんも、おれにすごく良くしてくれるから……だからここに……居づらい」

「どうして……」



 お母さんがまた息をはく。

 わたしは壁の陰に隠れて、その声を聞く。



『おれはそんないい人たちとは正反対の、どうしようもない人間だから』



 あの夜、高折くんが言った言葉を思い出す。



「おばさん……」



 高折くんがゆっくりと顔を上げた。