「だからさ、わたしその場の勢いで告っちゃったんだよね。そしたらあいつ、なんて言ったと思う? 『永峰のことはそんなふうには思えない』だってさ。もう笑える。わたしの十年間を、返せって言いたいわ」



 永峰さんはあきれたように笑い続ける。



「蓮ってね、小学校の入学式に『トイレ行きたい』って言えなくて、おもらししちゃったんだよ。いつも女の子にいじめられては泣いてたし。お父さんが亡くなってからは強がってたけど、本当は寂しかったことも知ってる。お母さんに反抗してても、実はお母さんに振り向いてもらいたかったことも……」



 永峰さんは笑いながら、目元をぬぐった。



「わたしは誰より蓮のことを知ってたの。だからあいつが他の女の子と遊んで別れてを繰り返しても、ちゃんとわたしのところに戻ってくるって信じてた」



 リビングから新名くんの声が聞こえる、わたしたちのことを呼んでいる。



「マジでバカだわ、わたしって。あんなやつをそばで支え続けて、結局フラれて……」



 永峰さんはそこで言葉を切った。



「おーい、グラスまだかー?」

「うるさい! いま持ってくわ」



 新名くんの声に永峰さんが答える。

 そして「グラスどこ?」と言ってから、思い出したように言う。



「ああ、そうだ。あんたあの絵また描くの?」

「え?」

「わたしがやぶった絵だよ」



 胸がちょっと痛くなる。



「描きなよ」



 永峰さんが言う。



「また同じの描きなよ。そうしないといつまでも、わたしが悪者のままじゃん」



 わたしは小さく息をはいてから、顔を上げて永峰さんに言う。



「同じのは、描かない」

「は?」

「新しい絵を、描きます」



 永峰さんが眉をひそめる。

 わたしは目をそらさずに、永峰さんのことを見つめる。



「……勝手にすれば?」



 永峰さんはそう言うと、グラスを持ってリビングへ行ってしまった。