腰が真っ二つに折れてしまう感覚に陥りながら、ひたすら中腰の体勢で土と向き合った。
「ガハハ!“収穫”の時期だけが忙しいと舐めてもらっちゃ困るぜ。
今やキャベツは冬の野菜じゃねぇ!
夏秋キャベツ、冬キャベツ、春キャベツ!
先人達の努力の結晶で品種改良と技術改良がなされたってもんよ!」
目が茶色にチカチカする感覚に陥りながら、慎重に種を撒いて一つ一つの苗と向き合った。
「ガハハ!キャベツ農家に休みがあると思うなよ?
夏まき冬どり栽培、秋まき春どり栽培!
夏休みや冬休みが恋しくなったら学校に戻って飛び降りろ!!」
“おにぎり”がこんなにも美味しく感じるなんて、夢にも思わなかった。
“お茶”がこんなにも喉を潤してくれるなんて、想像もしていなかった。
「あらま。2人して駆け落ちかいな?
若いのに根性あるねぇ。」
“オジサン”の周りにいる人達に、
悪人はいなかった。
全員が65歳以上。
オジサンが異色の40代。
そこに・・皆さんにとっては宇宙人と同じ感覚だったかもしれない・・
僕達がやって来た格好となった。
「これが・・キャベツ・・?」
「ガハハ!お前が見た事あるのはどうせスーパーに売られてるまん丸だろ?
こうやって花びらみてぇに何枚もの葉が重なってる。
こうして外の葉が、一番うめぇ中の玉を守ってくれてるんだ。」
生まれて初めて、
“食べる”行為をして僕は涙を流した。
イジメが怖くて、夜眠れなくて、
月曜日が怖くて流したものとは種類が違う。
汗まみれで、土まみれの顔のままかぶりついた・・
マヨネーズも塩も何もつけないでかぶりついた採れたてのそれに・・
心が震える“感動”という気持ちを知った。
「アアアア・・アアアアッ・・
・・・・・アアア・・!!!!」
「ガハハ・・何が勉強だよしゃらくせぇ。
何が教育だアホくせぇ。
いいか五味。アオイ。
イジメる奴が強ぇんじゃねぇ。
テストの点が良い奴が絶対じゃねぇ。」
「・・ウゥゥ・・アアア・・!!」
「一生懸命生きてる奴が一番すげぇんだ。」
あれほど辛かった“毎日”が、
あっという間に過ぎ去っていく。
あれほど縛られた“時間”が、
儚く尊いものに感じていく。
あれほどどうでも良かった“天気”が、今では何よりも気になる情報になっていく。
出ると喜んでいた暴風警報が、
今では最も悔しくて憎くなっていく。
ここにはゲームセンターもカラオケもファミレスも無い。
買い出しはオジサンの軽トラックに乗って片道1時間の道を走らなければいけない。
いつも明らかに重量オーバーになりながら、大量の物資を買って帰ってきていた。
平均年齢70歳の仲間達1軒1軒を回って、
ガハハ!と笑いながら玄関先まで運ぶオジサンの後ろ姿を見て、
“助け合い”という言葉の本当の意味を理解した。
頼んだわけでもないのに、おにぎりやお漬け物を持ってきてくれて、
呼びかけたわけでもないのに、
一緒に食卓を囲んで、
満月の夜になると、
“ウサギ追いしか野山”を唄った。
星が綺麗な夜になると、
“見上げてごらん夜の星を”と唄った。
オジサンがいて、
仲間のお爺ちゃんお婆ちゃんがいて、
キャベツに囲まれて、
たくさんの野菜達に囲まれて・・
・・・過ぎ去っていく日々の中・・・
・・いつも・・僕の隣にはアオイが居た。
名前も知らなかったあの屋上の出会いから、
佐々木さんと呼んでいたあの電車逃避行から、
死んだ心同士を繋いだあの神社の夜から、
隣にいるアオイと視線が合った時、
お互いが合うのはもう“涙”じゃなかった。
中卒だけど、
2人とも学力は無いけど、
自殺するはずだった僕達が今目が合う時、
そこには“笑顔”しかなくなった。
笑顔と笑顔が合ったと同時に、
心と心が結ばれていった・・・。